深夜帯の放送ながら静かなブームを呼び、食ドラマの先駆けとして第3部まで続くシリーズ作品となった『深夜食堂』。その初劇場版は、公開80館のスタートながら、初日2日間で3万6千人を動員し、上映館は130館まで拡大。異例の大ヒットを記録した映画『深夜食堂』の見どころをみていこう。

ドラマ版『深夜食堂』では、1話に1つのエピソードと1種類の食事という構成になっている。だが、映画版は「ナポリタン」「とろろご飯」「カレーライス」という3つの食事が登場。3つのパートから物語が進んでいくのだ。

 また、ドラマ版では“めしや”を主な舞台に、“めしや”の客が“めしや”の外の世界を担当し、ストーリーの世界を広げているのだが、映画では“めしや”のマスターが“めしや”の外へと出ていくのである。しかも、深夜12時~7時という“めしや”の営業時間外!! そう、マスターはどんな場所で暮らし、どのような日常生活を送っているのか等、昼のマスターが本邦初公開となるわけだ。ほかにも、マスターの過去を知る人物が登場したりと、ドラマとは違うスパイスがピリリ。とはいえ、職業不詳の遊び人の忠さん、ゲイバーのママ小寿々、ストリッパーのマリリン、地回りのヤクザ・竜、新宿署の刑事・野口、お茶漬けシスターズなど、“めしや”の常連客は勢揃いし、お馴染みの雰囲気は健在なので安心してほしい。

最初の「ナポリタン」パートでは、愛人を亡くしたばかりの三十路女・たまこ役の高岡早紀と、安月給の平凡なサラリーマン・はじめ役の柄本時生が登場する。ゴージャスなたまこに惚れ込んでしまう、モテないオーラ全開のはじめという抜群の釣り合わなさ加減も、高岡と柄本が演じたからこそ。なかでも、ナポリタンを食べながら会話を繰り広げるシーンは、役者の妙技が炸裂するので、じっくり見てもらいたい。

もう1つの料理「とろろご飯」パートでの新顔が、“めしや”で働くことになったみちるだ。彼女がいることで、“めしや”の2階の構造や、仕入先の八百屋の存在が明らかに。いわば、水先案内人のような人物になるわけだ。そんなみちるに扮する多部未華子は、純朴でまっすぐなみちるを見事に演じ、新潟県上越地方の方言も披露。凛とした佇まいを印象に残している。

最後の「カレーライス」パートで、東日本大震災で家を失い、最愛の妻も失くしてしまった謙三役を演じるのは松岡錠司監督が信頼を寄せる常連・筒井道隆。すべての不幸を背負い、自暴自棄になっている謙三の姿を体現。その謙三が一方的に好意を抱く、東京から来たボランティアの女性・あけみ役を人気モデルで女優の菊池亜希子が演じている。

ドラマの映画化というと、ドラマファンが動員のメインを占めることが多く、ファンのおかげで映画がヒットという図式は珍しくない。だが、『深夜食堂』の上映関数が80館から130館へと増え、興収2.5億円のヒットを記録した背景には、ドラマ版『深夜食堂』を知らない、ファン以外の動員に拠るところも大きかったのではないか。

なぜここまでドラマ版未視聴の人にもハマッたのか。それは、例えば『釣りバカ日誌』や『男はつらいよ』のような作品をも彷彿とさせ、古き良き昭和の匂いまでも感じられる、泣いて笑える人情劇にある。大切な人を亡くして自暴自棄になったり、お金がなくて未来が見えず、途方に暮れてしまったり等、誰に起きてもおかしくない身近な事情がズラリ。それゆえ、感情移入しやすく、心にもすっと染み入ってくる。“めしや”が初めてでも問題なし。店は狭いが、間口の広い作品なのである。

繁華街の路地裏にある小さな食堂“めしや”。夜も更けた頃にのれんが出ることから、人はそこを深夜食堂と呼んでいる。今宵もマスターの料理と居心地の良さを求めて、“めしや”はにぎわっていた。そのとき、常連客の1人が店の片隅で骨壺を発見。詮索好きな常連客たちが骨壺をネタに、話に花を咲かせていたとき、新しいパトロンを物色中のたまこがやって来て、常連客の1人、はじめと意気投合するが…。ほかにも、様々な客が“めしや”に出入りし、新たな一歩を踏み出していく―。