池田純矢映画レビュー

◆ 第4回目のレビュー作品は…

クリスマスに大晦日、お正月と、年末年始はイベント日が目白押しですね。家族や恋人、友人と過ごす特別な時間、はたまた一人でゆったりと楽しむ時間、どちらもかけがえのないひと時には変わりありません。

映画という娯楽は人も時も選ばず、ただただそこにあって、ほんの少し心を豊かにしてくれる。素敵な時間を過ごさせてくれます。

とのっけから語った風な事を言ってしまいましたが、何はともあれ映画とは年がら年中、いついかなる時でも楽しめるコンテンツである、という事が言いたかったのです。

家族団欒に、デートに、遊びに、リフレッシュに、多種多様なオーダーに応えてくれます。

さて、本日ご紹介する作品は、昨年末に公開され、並み居る強豪作品を押し退け、あらゆる賞レースを総ナメにした中野量太監督の長編商業映画デビュー作『湯を沸かすほどの熱い恋』


夫の一浩(オダギリジョー)の失踪を機に家業の銭湯を閉め、アルバイトで生計を支える幸野双葉(宮沢りえ)はある日、急な眩暈に襲われ倒れてしまう。精密検査の結果は、末期のガンだった。

しかし、気丈な彼女は娘の安澄(杉咲花)とともに、残された自分の時間の中でやるべきことを着実にやり遂げようとする。

何と言ってもこの作品の素晴らしい所は、日本映画特有の余韻や空気感ではないだろうか。

 第4回レビュー作品 
宮沢りえ主演
『湯を沸かすほどの熱い恋』


湯を沸かすほどの熱い恋

死にゆく母の熱い思いと、想像もつかない驚きのラストに、涙と生きる力がほとばしる家族の愛の物語!

銭湯・幸の湯を営む幸野家。しかし、父が1年前にふらっと出奔し銭湯は休業状態。母・双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら娘を育てていた。そんなある日突然、余命2ヶ月という宣告を受ける。その日から彼女は「絶対にやっておくべきこと」を決め、実行していく。

◆ 日本映画特有の空気感とは…

セリフやアクション、画面構成では無く、定点カメラの長回しで「ただそこにいる」だけで様々な心模様の移り変わりを魅せてくれる。長編商業作品は初監督となる中野監督だが、そんな事は微塵も思わせない無駄のない配置、空気設計には只々驚かされるばかりである。

そして、題材としては末期ガンの人間が残された時間をどう使うか?と言うありふれたテーマを、精密に、複雑に伏線を散りばめ、見事に回収してゆくストーリーによって、普遍的でありながらも驚きと感動を確実に与えてくれる。

余韻や空気感を大切にした作品の場合、ある種の分かり難さや解釈の相違が生まれる瞬間があったり、集中して神経を尖らせていないと物語を見失ってしまったり、と言う事が往々にしてあるが、この作品の場合、若干の違和感を覚える程度にごく薄く、しかしハッキリと、伏線である疑問点をポツ、ポツと配置する事により、常に前のめりに鑑賞せざるを得ない構成になっている。そのお陰で、件の「余韻や空気感」がストレートに観客につたわる仕組みだ。

ちなみに、この作品の劇場用パンフレットには本作の脚本が含まれているのだが、そこにハッキリとこの余韻が「…」と言うセリフとして、またはト書きとなり記されている。恐らく、脚本の段階からここまでの完成が見えていて、偶然の産物では無い、この作品の核心の魅力として用意されていたのだと思うと、中野監督の手腕に感嘆の声が漏れるばかりだ。

◆ 物語の屋台骨を支えるキャスト陣

また、俳優陣も実に素晴らしい。失踪したろくでもない夫を演じるオダギリジョーさんは、セリフだけでは到底つたわらない、何処か憎めない男を軽妙に演じて見せ、娘役の杉咲花さんは、この作品がフィクションである事を忘れさせるような、圧倒的な人間味を醸し出し、そして主演の宮沢りえさんに関しては、物語の主軸を演じていながら全てのシーンの屋台骨となるような重厚な重みを持ったお芝居で、物語の根底を支えてくれている。

決して大規模作品ではない、長編商業作品デビューの中野量太監督が、この作品が、各賞を総ナメにした事は確かな事実であり、必然の出来事だったと思う。また、このような作品が生まれる日本映画と言う土壌は、きっと様々な未来に溢れていて、湯を沸かすほどの熱い愛に包まれている事を感じさせてくれる。それでは皆さま、良いお年を。


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  • 『湯を沸かすほどの熱い恋』

    制作年:2016年/本編時間:125分
    HD(高画質):500円(税別)/7日間
    SD(標準画質):400円(税別)/7日間

池田純矢プロフィール

2006年JUNONスーパーボーイコンテストで史上最年少準グランプリを獲得し、ドラマ『わたしたちの教科書』、映画『DIVE!!』で俳優デビュー。その後『海賊戦隊ゴーカイジャー』や『牙狼〈GARO〉~闇を照らす者~』などで見られるアクションにも定評がある。近年は舞台での活躍も増え、「ミュージカル『薄桜鬼』~藤堂平助篇~」『リチャード3世』等では座長を務めた。また企画・構成・脚本・演出を手掛ける「エン*ゲキ」シリーズを立ち上げ、『エン*ゲキ#01 君との距離は100億光年』を上演。 2017年に第2弾となる『エン*ゲキ#02 スター☆ピープルズ!!』を24歳にして紀伊國屋ホールで上演。 本格的な演出家デビューを飾る。 2018年4月に紀伊國屋ホール、5月に大阪ABCホールにて第3弾『エン*ゲキ#03 ザ・池田屋!』を上演予定。