池田純矢映画レビュー

以前、北海道生まれの友人がこう言っていました。東京の冬は北海道よりも厳しいと。何故なら雪国では零下である事が当たり前である故に、大量の服を着込み全身カイロだらけの重装備をする事で乗り切るのが前提。

しかし東京はオシャレや、調和を優先するばかりに申し訳程度の羽織りで過ごすハメになり、不覚にも急な寒さの訪れに対処出来ないのだとか。今年は都内でも積雪や路面凍結などが目立ち、慣れない我々はツルツルと、さもスケートリンクの上かのように滑ったり、転んだりしていたいました。皆様、慢心は危険ですよ。十分にお気を付けください。

何事も”当たり前”と言う前提は恐ろしいもので、人の判断力を鈍らせるある種の毒のようなものだと感じます。「そんなことはありえない」と盲信してしまう当たり前や、「こうであるはず」と言う当たり前に振り回され、意外にも目の前の現実を素直に受け入れる事が出来なくなるのは、それこそ”当たり前”なのかもしれません。

さて、本日ご紹介する映画は、そんな当たり前の日常と言う大前提を覆す、
パニックホラームービー

 第6回レビュー作品 
『新感染 ファイナル・エクスプレス』


新感染 ファイナル・エクスプレス

謎の感染爆発。時速300kmのノンストップ・サバイバル!

ソウル発プサン行きの高速鉄道KTXで突如起こった謎の感染爆発。疾走する密室と化した列車内で凶暴化する感染者たち―そんな列車に乗り合わせたのは、妻のもとへ向かう父と幼い娘、出産間近の妻とその夫、そして高校生の恋人同士…果たして彼らは安全な終着駅にたどり着くことができるのか―?

◆ 一言でいうと「ソンビ映画」だが…

2016年の夏、韓国では『부산행』プサンヘン、日本語訳だと「プサン行き」のタイトルで公開された作品で、こちらでの公開は昨年の9月。レンタルもほんの数日前に開始されたばかりの新作で御座います。この作品を一言で言うと…

ゾンビ映画です。

いやしかし、決して侮ってはいけません!少なくとも私は今までこんなゾンビ映画は観たことが無い!まず、大前提として私は所謂パニックホラームービーがあまり得意ではないのです。

わっと驚かされるのが怖い、夜にトイレに行けなくなる、等と言う事ではなく、単純にゾンビやお化けを倒して爽快感を得る、という事にあまり共感出来ないのだと思います。そしてありがちなのは、使い古されたストーリーラインに、当然の結末、ツッコミどころ満載な作品が多い事。もう、こればっかりは仕方のない事なのですが、どうしても得意になれず。しかし反面、熱狂的なファン層に支持されているジャンルコンテンツである事も重々承知。

◆ パニックホラーの皮を被った、愛の物語

では、本作の何が従来のパニックホラームービーと違ったのか。それは、一部のファン層へ向けた熱狂的な作品ではなく、むしろ私のような苦手意識を持った人間にこそ向けられた作品であると言う事。平たく言って仕舞えば、パニックホラーの皮を被った、愛の物語でした。

出来れば先入観を持たず、フラットな心持ちで皆様には観劇して頂きたいので、此処で詳しいストーリーについてお話する事は避けたいと思いますが、兎にも角にもこんなにも誰かにオススメしたくなるゾンビ映画と出逢えた事を只々嬉しく思います。まさか、このジャンルの作品のラストで涙を流す事になるとは、観る前の自分では到底理解できませんでした。

ヨン・サンホ監督は実写長編作品初監督、と言う事でしたが…冗談じゃない!あまりにも自然に、言葉数少なく描写のみで丁寧に感情を切り取る様や、観客の意図を見事にことごとく裏切っていく様、ここぞと言うキメカットの美しさには震え上がる程でした。

◆ ソンビは、ひとつのスパイス

また、主演のコン・ユ始め、圧倒的な天才子役ぶりを発揮するキム・スアンや、脇を固めるマ・ドンソク、チョン・ユミら俳優陣は、このファンタジーでしかあり得ない設定を、あたかも日常作品のように、空気のように演じてみせ、まるで実話かと見紛う程に確かな説得力を持って紡いでくれる。

この作品にとって”ゾンビ”と言うギミックはひとつのスパイスに過ぎず、本質はあくまで重厚で骨太なヒューマンドラマであり、普遍的な愛を描く王道の娯楽映画だ。観終わった後には葛藤が残り、同時に暖かさと焦燥感がやってくる。

言うなれば本作は価値観を変える片道切符。当たり前が、当たり前では無くなる瞬間を是非とも感じて頂きたい。

  • 『新感染 ファイナル・エクスプレス』

    制作年:2016年/本編時間:118分
    HD(高画質)/字幕&吹替:500円(税別)/48時間

池田純矢プロフィール

2006年JUNONスーパーボーイコンテストで史上最年少準グランプリを獲得し、ドラマ『わたしたちの教科書』、映画『DIVE!!』で俳優デビュー。その後『海賊戦隊ゴーカイジャー』や『牙狼〈GARO〉~闇を照らす者~』などで見られるアクションにも定評がある。近年は舞台での活躍も増え、「ミュージカル『薄桜鬼』~藤堂平助篇~」『リチャード3世』等では座長を務めた。また企画・構成・脚本・演出を手掛ける「エン*ゲキ」シリーズを立ち上げ、『エン*ゲキ#01 君との距離は100億光年』を上演。 2017年に第2弾となる『エン*ゲキ#02 スター☆ピープルズ!!』を24歳にして紀伊國屋ホールで上演。 本格的な演出家デビューを飾る。 2018年4月に紀伊國屋ホール、5月に大阪ABCホールにて第3弾『エン*ゲキ#03 ザ・池田屋!』を上演予定。