パトリック・スチュワート

「新スター・トレック」のジャン=リュック・ピカード艦長役で世界的に大ブレイクした舞台出身の英国の名優。 貧しい家庭に生まれ、12歳の頃から地元の劇団に所属して演じることに喜びを見出していたパトリック少年は、義務教育を終えた15歳で地元新聞の記者の職を得るものの、演劇に入れ込みすぎてクビになる。57年に、名門オールド・ヴィック・シアター付属演劇学校への入学を認められ、59年に舞台デビュー。66年からロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに所属して数々の舞台をこなし、現在も名誉劇団員としての立場にある。79年にローレンス・オリヴィエ賞助演男優賞を受賞、94年にはオールド・ヴィック劇場で公演した「クリスマス・キャロル」の強欲なスクルージ役で主演男優賞を受賞(99年には、同役でTV映画にも出演している)するなど、舞台で鍛錬した演技力には定評がある。映画には、ロッド・スタイガー主演のスリラー「怒りの日」でデビュー。その後、「リトル・プリンス」(81)、「エクスカリバー」(81)、デヴィッド・リンチ監督の「砂の惑星」(84)、「スペースバンパイア」(85)などに端役で出演している。8 年半ばにLAに渡り、「スター・トレック」シリーズの第二弾「新スター・トレック」のUSSエンタープライズ艦長ジャン=リュック・ピカード役に抜擢され、87年から94年まで演じ続けた。判断力に優れ勇敢な指揮者だが、芸術・文学・考古学、そしてアールグレイ・ティーを愛する独身のフランス人で、部下から絶大なる信頼を得ている艦長を、スチュワートはその包容力ある資質を活かし、実に魅力的に演じている。歴代艦長の中でも最も人気があると共に、その緩急を熟知した演技力も注目され、「スタトレ」キャストでは珍しく、95年には全米俳優協会賞にノミネートされた。また、ジャン=リュック・ピカードの手記という形式で書かれたリーダーシップ論である「スタートレック指揮官の条件」は、ビジネス書としてアメリカでベストセラーを記録するなど、ピカード艦長は理想の上司として世界中のファンに愛されている。「スター・トレック」で人気を博したキャストは、そのイメージがつきまとって後に低迷する場合が多いが、元々舞台出身のスチュワートにその懸念はなかった。シリーズが終了するや、「ジェフリー!」(95)で艦長のイメージを思いっきり壊すゲイの画家役でウィットに富んだ演技を見せ、TV映画「モビー・ディック」(98)では白い鯨の捕獲に執念を燃やす船長を熱演して、エミー賞、ゴールデン・グローブ賞にノミネート。「陰謀のセオリー」(97)では見事な悪役で、ブロックバスター・エンターテイメント・アワードを受賞した。「X-メン」( )、「X-MEN2」( 3)のミュータント指導者プロフェッサーX役も当たり役。悪玉ミュータント指導者マグニートー演じるイアン・マッケランとの英国出身名優同士の対決は、同作の見どころのひとつでもある。「スタトレ」シリーズの映画化、「ファースト・コンタクト/STAR TREK」(96)、「スター・トレック/叛乱」(98)、「ネメシス/S.T.X」( 2)にももちろん出演しているが、ピカード艦長役はもう卒業とのこと。スチュワートにとっては、舞台こそが本領発揮の場であるようだ。私生活では、66年に振付師のシーラ・ファルコナーと結婚するが、 年に離婚。同年、「スター・トレック/ヴォイジャー」のプロデューサー、ウェンディ・ノイスと結ばれた。結婚式の付添い人は「新スター・トレック」でアンドロイドのデータ役で人気のあった親友ブレント・スパイナーだったが、現在は離婚申請中。スキンヘッドがチャーミングだが、なんとすでに19歳でハゲてきたのだとか。イングランド北部の町ハッダーズフィールドの地元サッカーチームの永世サポーター。 1年に、大英帝国勲位を受けている。

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パトリック・スチュワート

Patrick Stewart

生年月日:
1940/7/13
出身地:
イギリス/ヨークシャー州

誕生日

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