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映画評論家・松崎健夫の『僕が宇宙に行った理由』評 前澤友作の“宇宙旅行”を通して激動の2023年を総括する優れたドキュメンタリー

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提供:ナカチカピクチャーズ

映画『僕が宇宙に行った理由』12月29日公開
映画『僕が宇宙に行った理由』12月29日公開 (C)2023「僕が宇宙に行った理由」製作委員会

 2021年12月、日本の民間人として初となる宇宙旅行で、ISS国際宇宙ステーションでの滞在を実現させた前澤友作。その渡航に至るまでのプロセスに密着したドキュメンタリー映画が、29日から全国公開となる『僕が宇宙に行った理由』だ。監督は前澤と共に宇宙旅行に帯同した平野陽三。ロシアでの過酷な検査や訓練の数々、国際宇宙ステーション滞在に必要とされる意外な手続きなど、宇宙旅行の知られざる驚きの裏側が臨場感ある映像と共に描かれてゆく。

■知られざる前澤友作の姿を経て“希望”を映し出す

 2015年7月、前澤はカザフスタンにいた。バイコヌール宇宙基地でソユーズロケットの打ち上げを見学に訪れていたのだ。空高く打ち上がるロケットを眺めながら、彼の胸には「宇宙へ行く」という決意が生まれていた。時が流れた、2021年3月。前澤は再びロシアの地を踏んでいた。モスクワ郊外のスターシティでの10日間にわたる身体的・精神的な検査を経て、ガガーリン宇宙飛行士訓練センターでの訓練が開始。それは、前澤が乗り込むソユーズの打ち上げの176日前だった…。

 『僕が宇宙に行った理由』を鑑賞するために劇場へ足を運ぶ観客の多くは、前澤が体験した“宇宙旅行”なるものが一体どのようなものであったのか?という点に興味を抱いているはずだ。今から、およそ2年前となる2021年12月8日。カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から打ち上げられたソユーズロケットに乗った前澤は、ISS国際宇宙ステーションに到着。12日間にわたって滞在した様子は、YouTubeで生配信された。宇宙ではどのように<音>が伝わるのか?或いは、宇宙でのトイレ事情など、前澤が連日配信した各々の動画は、数百万回もの視聴回数を稼ぎ出した。

 ロシアではすでに、ISS国際宇宙ステーションで撮影された初の長編劇映画『ザ・チャレンジ(英題)』が公開。一方でトム・クルーズは、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014)で組んだダグ・リーマン監督と共に、NASAやイーロン・マスクがCEOを務める宇宙開発企業スペースXとのチームによって、ハリウッド映画として初めて宇宙で撮影する映画を準備中だとの情報が伝えられている。撮影規模こそ異なるが、『僕が宇宙に行った理由』には、日本の映画として(現状では)唯一無二ともいえる宇宙で撮影された圧倒的な映像の数々がある。映画はSFというジャンルで宇宙を描くだけでなく、宇宙そのものを映像にしてゆく時代になってゆくことを期待させる。


 斯様(かよう)な作品が生まれる背景には、デジタル技術の恩恵が大きく関係している。カメラが小型・軽量化され、バッテリーも長時間使用できるようになった。宇宙では持参する荷物の重量に制限があるため、持ち込めるバッテリーや記録用SDカードの個数にも決まりがあるというが、フィルムやビデオテープでの撮影に比べれば機動性も高い。また、照明機材がなかったとしても、ある程度の撮影が可能だ。さらに、デジタルカメラで撮影された動画は、映画館の大きなスクリーンに映写しても遜色ないという画質の高さもある。そういった意味で、本作の映像は時代の要請ともいえるタイミングによって撮影されたものだという感を抱かせる。

 もうひとつ、『僕が宇宙に行った理由』には重要な点がある。それは、“宇宙旅行”といえども、通常の宇宙飛行士たちと同じメディカルチェックやトレーニングを経て、修了しなければならないという点。そのことを、元JAXAの宇宙飛行士である山崎直子氏が証言するくだりがある。身体的な健康はもちろん、精神的にも健康であることが必要とされるのだ。専門的な座学を伴った過酷な訓練、或いは、個体に合わせた宇宙服や操縦席のシートライナーの製作など、打ち上げまでに須要なプロセスの数々には驚くばかりだ。そのため映画の前半では、打ち上げまでに実践しなければならなかった、知られざる前澤の姿を描くことに費やされている。


 宇宙で生活する姿は、すでにYouTubeなどの動画として多くの視聴者が目にしている。それゆえ『僕が宇宙へ行った理由』では、既視感のある宇宙滞在に対してさほど上映尺を割いていないのである。とはいえ、前澤の宇宙旅行映像を観に行ったはずの観客は、宇宙旅行とは全く異なる事象と対峙(たいじ)し、そのことに対して自ずと考えるようになる。実は斯様な意外性こそが、本作をドキュメンタリー映画として優れたものにしているのだ。前澤の宇宙旅行に帯同し、宇宙での撮影を担った平野陽三監督が意図するものは、この映画を単なる宇宙ドキュメンタリーにはしなかったことにある。重要なのは、映画の中の前澤もまた、観客と同様に或る事象と対峙しなければならなくなるという意外性を伴っている点だろう。

 『僕が宇宙に行った理由』の白眉は、ソユーズロケットの打ち上げを見上げる人々の姿にある。それは、この場面を映画館の大きなスクリーンで観た観客もまた、映画の中で打ち上げを見守る人々と同じようにスクリーンそのものを見上げることになるからだ。その刹那に感じる<希望>こそが、本作の重要なテーマになっているのである。世間から揶揄されようとも、宇宙へ旅立つことを諦めなかった前澤友作の矜持とその<理由>。本作は、これからの人生を選択しようとする学生たちが、己の夢を叶えることの意義を悟ることになるだけでなく、アフターコロナ、ウクライナへの侵攻、イスラエルの攻撃など、2023年に起きた国際的な激動の事象を年末に総括するのにも相応しいという、意外性にあふれたドキュメンタリー映画になっているのである。

映画『僕が宇宙に行った理由』は12月29日より全国公開。
公式サイト>

★期間限定・高校生以下鑑賞料金500円キャンペーン実施★
期 間:2023年12月29日(金)〜2024年1月8日(月)
対象:高校生(18歳)以下の方
劇場:本作の上映劇場 ※一部劇場を除く
参考ページ>

(C)2023「僕が宇宙に行った理由」製作委員会

文:松崎健夫(映画評論家)

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