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少女の<最期の一日>を描く映画『祝日』 自称“天使”との不思議な出会いの先にあるものとは――

映画

P R:ラビットハウス

映画『祝日』5月10日(金)富山先行公開/5月17日(金)全国順次公開
映画『祝日』5月10日(金)富山先行公開/5月17日(金)全国順次公開 (C)「祝日」製作委員会

 2022年に劇場公開された初監督作『幻の蛍』で海外でも高い評価を受けた伊林侑香監督が、第33回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作に輝いた脚本家・伊吹一と、前作に続いてタッグを組んだ映画『祝日』。人生最後の日を“天使”と過ごす中学2年生の姿を描いた今作でも、監督の出身地である富山県で全編オールロケが敢行され、富山県在住の新人・中川聖菜が200人以上のオーディションを経て主演に抜擢された。また、『幻の蛍』にも出演した岩井堂聖子のほか、西村まさ彦、中島侑香、芹澤興人など、実力派俳優陣が脇を固めている。

映画『祝日』公式サイト

■ 誰もが“事情”を抱えながら生きている

作品紹介
 中学2年生の奈良希穂(中川聖菜)が一人暮らしをしているのは、父が死に、母が彼女の前から姿を消したからだった。野菜ジュースとプリンだけを口にする日々。「人間はなかなか死なないものだ」と達観した希穂は、いつものように学校へ登校する。ところが、校門には「本日は、祝日につき、休校」の看板が。誰もいない校舎の屋上へと向かった希穂は、衝動的に空へと一歩踏み出すが、その刹那、自称“天使”(岩井堂聖子)が彼女の腕を掴むのだった…。


レビュー
 『祝日』は中川聖菜演じる主人公の希穂が、父親の自死を目の当たりにするという衝撃的なショットで幕が開ける。そして、心を病んでしまった彼女の母親が姿を消してしまうプロセスを、まるでダイジェストのように描いてみせる。つまり、この映画にとって中学生ながら孤独な人生を送る希穂のバックグラウンドを描くことは、さほど重要ではないのだ。むしろ、生きることを諦めた彼女の<最期の一日>を丁寧に描くことの方に重点が置かれている。


 それは、孤独な希穂が、毎日を無為に送っていた姿との対比にもなっていることを窺わせるのだ。物語の転機は、命を散らそうとした希穂を思いとどまらせようとする、岩井堂聖子演じる“天使”の登場によってもたらされる。彼女が自称“天使”である点が巧妙で、希穂だけにしか見えないというわけではないという設定を施しながら、本当に“天使”そのものが存在するのか否かが曖昧なのである。


 人生を諦めかけた主人公に対して、“天使”が助言をするという物語は、古今東西の映画に散見されるもの。例えば、絶望の末に自殺を試みようとするジェームズ・スチュアート演じる主人公に「自分が存在しない」もうひとつの世界を見せる“天使”を描いた、フランク・キャプラ監督の『素晴らしき哉、人生』(46)。或いは、昔の恋人との「あったかも知れない」もうひとつの人生を、ニコラス・ケイジ演じる主人公に体験させる“天使”を描いた『天使のくれた時間』(00)。これらの作品では、“天使”が現実には存在しない「もうひとつの世界」=「パラレル・ワールド」を体験させることで、主人公は人生の意義を悟るのである。

 一方で、桜沢エリカの漫画を映画化し、深田恭子が“天使”を演じた『天使』(06)などの例があるものの、八百万の神という存在を愛でる日本では宗教的な側面も相まってか、欧米の映画と比べると“天使”という存在が映画の劇中に登場することが極端に少ない。それは、わたしたちにとって、やや現実離れした設定に思えてしまうからなのだと解せる。『祝日』が秀でているのは、天使の存在そのものに"自称"という曖昧さを纏わせながら、主人公に「パラレル・ワールド」を見せるのではなく、<ロード・ムービー>のように希穂と街を巡行させている点にある。旅先でふたりが出会うのは、多様な事情を抱えた人々なのだ。


 例えば、芹澤興人が演じる中華屋の店主は、妻と娘を事故で失い喪服を脱げないでいる。また、中島侑香演じるカフェのお姉さんは忘れられない人をずっと待ち続けている、というように、他人には告げられない事情が各々にあることが描かれている。斯様な人々と出会うことによって、希穂は誰もが何らかの事情を抱え、孤独に耐えながら、それでも生きることを諦めないでいることを悟ってゆく。そして、古今東西の<ロード・ムービー>が旅を経た末に訪れる<相互理解>を描いてきたように、希穂と“天使”との<相互理解>も描かれている。必要としない相手が必要な相手となるプロセスもまた、今作にとって肝要なのだ。


 加えて、ふたりが街を巡行するという<ロード・ムービー>の雛形を応用することで、富山の街並みを魅力的に映し出す<観光映画>の要素を導いている点にも言及できる。前述通り、本当に“天使”が存在するか否かは、この映画にとってさほど重要ではないようなのだ。思い返せば、伊林侑香監督の前作『幻の蛍』(22)は、本当はいない(存在しない)蛍を探そうとする物語だった。実際に存在しないから「意味がない」のではなく、その後の人生を“前に進めてゆく原動力”になると描いていなかったか。



映画『祝日』は、5月10日(金)富山先行公開。5月17日(金)全国順次公開。

(C)「祝日」製作委員会

映画『祝日』予告編(60秒)

文:映画評論家 松崎健夫

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