『片思い世界』が映す“坂元裕二の今” 昨今の作品に絡み合うテーマと関心事とは
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坂元裕二が脚本を手掛け、土井裕泰が監督、リトルモアのプロデューサー孫家邦が企画した映画『片思い世界』(2025)。同じ座組でヒットした『花束みたいな恋をした』(2021)のイメージをひきずりながら映画を初めて見たとき、前作とは違った世界観に驚き、またそのほうが、この座組の続編として「らしい」なとなぜか思った。むしろ『花束みたいな恋をした』の世界は、『片思い世界』の少し前に公開となった坂元裕二の作品『ファーストキス 1ST KISS』(2025)のほうに近いと思った人も多いのではないか。恋愛における「あるある」が散りばめられていて、それに対して見た者が、ああだこうだと話がはずむ感覚も、両作品に共通していると感じた。それからすると、『片思い世界』は、「片思い」という言葉が入っているが、恋愛の悲喜こもごもについて、見た者が語り合うような作品ではない。むしろ、なにか自分の中で丁寧に咀嚼しないと、感想がうまく言いにくい作品ではないかと思った。しかし、昨今の坂元裕二作品には、そのときどきの彼のひとつではない関心事が、少しずつ形を変えながらも、映画やドラマの中でつらなり、絡み合っている。だから、『片思い世界』の中にも、ほかの坂元作品との共通性が感じられる部分がたくさんあった。本稿では、そのような「つらなり」について書いてみたい。(※以下、ネタバレを含みます。ご了承の上、お読みください)
【10月10日発売★】映画『片思い世界』Blu-ray&DVD特設サイト>>■絡み合う坂元裕二の関心事
『片思い世界』はある雪の日の合唱コンクールの控室のシーンから始まる。児童合唱団に所属している小学生の相楽美咲、片石優花、阿澄さくらは、コンクールの前に全員で写真を撮るのだが、同じ合唱団でピアノを弾いている高杉典真の姿はない。
(左から)美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)
場面は変わって、大人になった三人は同じ家に家族のように住んでいる。美咲(広瀬すず)は会社に、優花(杉咲花)は大学に、さくら(清原果耶)は水族館にそれぞれ行っており、なんら他の人と変わりない生活をしているように見えた。
しかし、美咲が片思いをしている“典真くん(横浜流星)”の後をつけ、クラシックコンサートに行ったときから異変が現れる。それは、彼女たちの姿や声を、ほかの人々が認識していないということだった。
公開当時は、ネタバレができない映画だということをすぐに察知したが、公開後のレビューということで、それは気にしないでいいと言ってもらった。ただ、まだ見ていない方は、ここから先は鑑賞してから読むことをお勧めする。
『片思い世界』には、冒頭に書いたように、ほかの作品で見られる坂元の関心事が、絡み合っていると感じる。
最初に感じたのは、最近の坂元作品には、異なる世界にいる人との共鳴を描いていることが多いということだ。『ファーストキス 1ST KISS』では、事故で死んでしまった夫・硯駈(松村北斗)をなんとか事故から救おうと、妻のカンナ(松たか子)は何度も何度も過去の世界に行く。どんな出会い方、接し方をしようと、他の人に目もくれずに、カンナだけに惹かれる駆の姿を見て、異なる世界に生きる人との強い、変えようのない運命を書いてみようとしているのかなと思った。
また、比較的近い時期に上演された安田顕のプロデュース、主演の『死の笛』(2024)もまた、安田演じる登場人物は、境界線を越えて、隣人や、そして異なる世界と交流を持つ。
これは何も、マルチバースなどを意味しているというだけではなく、今この世界にいない人、つまり死んでしまった人を、どうやって今生きている人が記憶し、向き合っていくかなのだと思った。世界がたくさんあると考えると、「今生きている人」と書いたことすら、この世界に限定していいものなのだろうかと思えてくる。
この世から人がいなくなってしまうときには、悲しいきっかけがつきものである。それが事故であることもあれば、争いによるときもあるだろう。そして、『片思い世界』のように、説明がつかない、理由にならない暴力によるときもある。
説明のつかない暴力に関して、坂元作品で最も思い出すのは、小泉今日子が代表取締役を務める明後日プロデュースの舞台『またここか』である。得体のしれない暴力自体が、大きなテーマというわけではないが、ガソリンスタンドで働く店長の近杉(吉村界人)の会話が誰とも微妙にかみ合わない。彼に悪気がまったくないように見えるが、どこかこの近杉という人には、話をしても通じない恐ろしさがあるのではないかと思わせる部分があった。
似ているとは言わないが、『片思い世界』に出てくる倉庫管理会社の男・増崎要平(伊島空)に、同じような空気感を感じた。彼も、会話がかみ合わない人物であり、行動原理が理解しにくい人であった。
このように、まったく違った物語のようでいて、坂元作品には、共通した関心事やテーマが散りばめられている。それは、今後もゆるやかにつながっていくのではないだろうか。
『片思い世界』というタイトルを聞いて、最初は、誰かが誰かに片思いをしているラブ・ストーリーだと思って見始めたが、まったく違っていた。しかし、見返してみると、これ以上、この映画のことを表しているタイトルはないとも思える。
これは、違った世界にいる人に対して、強い思いを抱いている人たちの話なのだ。美咲であれば、幼い頃にほのかな思いを抱いていた典真くんに対して、優花であれば、母親に対して、さくらであれば、自分たちを違う世界に行かせた張本人である犯人に対してである。
同時に、彼女たちのことを、この世から強く思っている人たちもいる。その思いの強さは、ときに世界と世界の垣根を揺るがす。この世の中でだって、強い思いが誰かを揺るがすということは可能だろう。同じ世界であれば、言葉や文字や表現で直接的に伝えることができる。ただ、世界が違っていれば、それらの物理的なものを使うことができないから、それが伝わったときの喜びもひとしおである。
映画の中で、強い思いが伝わったのではないかと思えるシーンはたくさんあったが、中でも私がもっとも好きなのは、美咲と典真くんが一緒にバスに乗っているときに、バスが大きく揺れて、ふたりが同じ方向に体が倒れるシーンであった。
こんな些細なシンクロニシティにも、心が通い合うという喜びがあるのだなと、そんな風に思える映画であった。
「片思い世界 Blu-ray豪華版 2枚組」(税込 8030円)※特典ディスクはDVD 販売元:TCエンタテインメント
映画『片思い世界』Blu-ray&DVDは、10月10日発売。
(C)2025『片思い世界』製作委員会
文:西森路代
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