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『私がビーバーになる時』はピクサー黄金期級の傑作! カオスで予測不可能…なのに泣ける不思議な魅力をひも解く

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PR:ウォルト・ディズニー・ジャパン

『私がビーバーになる時』はピクサー黄金期級の傑作! カオスで予測不可能…なのに泣ける不思議な魅力をひも解く
『私がビーバーになる時』はピクサー黄金期級の傑作! カオスで予測不可能…なのに泣ける不思議な魅力をひも解く (C)2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

 全米オープニング第1位、全世界興行収入130億円超えの超特大ヒットスタートを記録し、あの『リメンバー・ミー』以来となる最高のオープニング成績という快挙を成し遂げたディズニー&ピクサーによる最新作が3月13日より公開される。大学生のメイベルが、自らの意識をビーバー型ロボットに転送し、愛する自然を守るため“ビーバー”となって未知の世界で冒険を繰り広げる映画『私がビーバーになる時』だ。予測不能で狂気すら感じる動物たちの世界に大笑いさせられながら、社会のしがらみで息苦しさを抱える心にそっと寄り添ってくれる本作は、大人にこそ深く刺さる映画としてオススメしたい1作。「怒りを手放していい」「私たちはこの世界と繋がっている」――。世界がより一層分断され、不安や孤独の中でたくさんの感情を抱えてしまう日々に疲れる今だからこそ、また、深呼吸の仕方を思い出させてくれるような本作の見どころを紹介したい。

映画『私がビーバーになる時』公式サイト>>

 大袈裟に聞こえるかもしれないが、ここ数年で最高のディズニー&ピクサー映画と言っても過言ではなく、まさに初期のピクサーが持っていた“狂気”と独創性に溢れる作品。それが『私がビーバーになる時』だ。

 メイベルが、極秘テクノロジーを使い、愛する自然を守るためにビーバーとなって動物たちの世界に潜入する…という、劇中に自ら「『アバター』のようなもの」とネタにするほど突飛な設定の本作。一見すると、子ども向けの奇想天外なコメディーに思えるが(実際に、子どもも大人も大いに笑えて楽しめる)、それだけにとどまらず、大人の観客の心の深い部分にも揺さぶりをかけてくる。笑って泣けて、「さすがピクサー」と膝を打ち、まさかの感動が押し寄せてくる映画。そんな本作のいったい何がそこまで“刺さる”のか、ひも解いていきたい。

■大人目線で共感・沁みるポイントが多すぎる!

 主人公のメイベルは、高速道路の建設計画を無理に進めようとするジェリー市長の計画から、亡き祖母との思い出が詰まった思い出の森を守ろうと必死に戦う。しかし、署名活動や対話といった人間の世界の民主的な正攻法は、ことごとく壁にぶつかる。彼女の心は、社会への怒りと、祖母を失った悲しみで限界を迎えていた。そんな彼女が選んだ“ビーバーになる”という手段は、環境保護という目的を超え、現代の大人たちが密かに抱く「しがらみや不安だらけの今の人間社会から抜け出したい」という願望も反映されているように感じてしまう。

 複雑な政治、終わりのない仕事、人間関係の摩擦。そうした重圧から一時的に解放され、ただ自然の中で「ビーバー」として本能のままに木をかじり、川を泳ぐ。羨ましい。しかし、自然社会も決して楽なわけではなかった。


 ビーバーの姿になったメイベルが出会うのは、80年代の音楽を愛する平和主義で優しいビーバーの王様キング・ジョージや、マキャベリ的な思考を持つ昆虫の王子など、一癖も二癖もあるキャラクターたちだ。そこには「食べる時は食べる(弱肉強食)」というシビアな自然界の掟があり、人間界とは違うベクトルでの混沌と政治が存在する。

 とりわけ劇中、心に沁みるのがこのキング・ジョージの言葉だ。キング・ジョージ! 私の家の近くにも池を作って、毎日同じ時間に会う友達になってほしい!

 実はビーバーは生態系に大いに貢献する生き物で、彼らのダム建設によって湿地が生まれ、そこが哺乳類や魚、昆虫たちの生息地となる。つまりものすごい生き物なのだ。それゆえにメイベルが守ろうとする森の王であることがわかるのだが、彼は決して他者を支配しない。違う価値観に対する否定もなく、認め、憎しみの感情を抱いていない。


 彼が掲げるモットー「運命共同体」という言葉は劇中に何度も登場する。この、彼が定めた「池のルール(Pond Rules)」の根底にあるのは、「僕らはみんなで一緒に生きているんだ」という連帯の精神であり、それが失われつつある今だからこそ、彼の言葉の実直さや温かさが“人間”の私たちにとても刺さるのだ。

■予定調和をぶっ壊す!ピクサー本来の「狂気」とユーモア

 テーマは深遠だが、映画のトーンは決して説教臭くない。むしろ、ダニエル・チョン監督が放つ「予測不能なカオス」が、劇場を爆笑の渦に巻き込もうとする。

 人間の脳をロボットに移すという「SF映画」的要素がスパイスとなりながら、ディズニー&ピクサーの作品だからできる映画のオマージュもチラホラ。近年のピクサー作品の中でも、本作はタガが外れたかのように、自由なイマジネーションが爆発している。


 特に中盤以降の展開はまさに予測不能。峠でのカーチェイスシーンはまさにスラップスティック・コメディーだ。しかし、映画のクライマックスには、その荒唐無稽なファンタジー展開が逆に心に効いて、涙腺を刺激してくるのだからすごい。

 今の世の中、アルゴリズムで計算されたような物ばかりで飽き飽きしている大人にとって、本作の「何が起こるか全く分からないワクワク感」は唯一無二だろう。時にダークでエッジの効いたユーモアを交えながらも、随所ごとにしっかりと感情を揺さぶる。もちろん、現代的感覚のお笑いも忘れていない。その見事なバランス感覚は、ピクサー黄金期の傑作群を彷彿とさせる。

■「感情」にどう向き合ったらいいのか、教えてくれる

 そして何より本作が素晴らしいのは、「自分の内側にくすぶる強い感情にどう向き合うか」を丁寧に描いていることだ。特に筆者が感銘を受けたのが、メイベルが子どもの頃から強い感情を抱き、自分をコントロールすることが苦手になってしまう場面を描きながらも、それを簡単に「怒り」や「悲しみ」とあえて言語化していなかった点だ。のちに彼女は、これを彼女なりの言葉で説明するのだが、さすがピクサー、この辺りのシークエンスが本当に素晴らしい。


 本作を通して「もし自分が親だったら、子どもにこんなふうに説明したい」、なんて感心してしまう場面も多いながら、やはり大人の自分が今、この大変な現実に向き合う術を失っていることにも気付かされた。そんなふうに無力感を抱えて迷子になった多くの人の手を、優しくキング・ジョージが手を引いてくれるだろう。

 「自分が大きなものの一部だと感じる」。そんな彼の教えを通じて、主人公のメイベルも少しずつ変わっていく。他者を敵と味方に分断するのではなく、異なる価値観を理解し、共存の道を探ること。耳を傾けることの大切さを描く本作は、大人だからこそ感動する部分も多いのではないだろうか。

■私たちは皆、“運命共同体”としてこの世界で繋がっている

 『私がビーバーになる時』は、単なる動物ドタバタコメディーではない。もちろん、ギャグシーンもたくさんある。しかし、子ども向けのパッケージに包まれながら、その実、疲弊した大人たちの心を解きほぐし、もう一度世界を愛する力を取り戻させてくれるような作品なのだ。もちろん、ビーバーのことも大好きになる。とにかく、キャラクターデザインやアニメーションの美しさ、そしてその動きや背景、何もかもを“実現”させたスタッフ陣による愛に溢れている。それが力強く感じられるから、グッときてしまうのだ。


 映画を観た後、自分自身が日常の小さな自然や、すれ違う人々にとって無関係な存在ではなく、同じ世界を共有する「運命共同体」だと感じられるような本作。そんな最高の映画体験を、ぜひ劇場で味わってほしい。

 映画『私がビーバーになる時』は、3月13日公開。

(C)2026 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

『私がビーバーになる時』日本版本予告

文:アナイス/ANAIS

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