ゾクゾクしてクスっと笑える不倫モノ 黒木華×柄本佑『わたとな』に心地よく振り回される
■ほんわか夫婦の静かなる心理戦は喜劇そのもの
堀江監督がオフィシャルインタビューで「不倫=どろどろしたものという印象が強い中で、自分が手掛けるなら、シリアスだがコメディ色もある不倫ノを描きたいと思っていた」と語るように、本作は痛快さが全面に押し出される。
マンガのコマ割りのように切り替わる映像は、物語に軽快なテンポをもたらし、カラッとした空気を醸し出している。加えて、じっとりとしたミステリーを思わせる心理戦は、背筋がヒヤリとする演出が光る。監督によると、デヴィッド・フィンチャー監督の『ゴーン・ガール』(2014)やフランソワ・オゾン監督『スイミング・プール』(2003)を参考にしたようだ。
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』より (C)2021『先生、 私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会
こういった演出面での工夫はもちろん、主演2人の芝居も見逃せない。
黒木と柄本が基本的にほんわかした雰囲気をまとっているからこそ、物語に抜け感が生まれているのだ。さらに、黒木がミステリアスで底の知れない静かな狂気を、柄本が手のひらで転がされるコミカルさを見事に体現している。
黒木演じる佐和子は、締め切りをきっちり守り、編集者の意見をしっかり聞くキャラクターだ。真面目で内気な彼女は、黒木の雰囲気にぴったりとハマる。教習所で自動車のアクセルを踏むのをためらう表情は、庇護欲すらかきたてられる。
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』より (C)2021『先生、 私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会
しかし、いざアクセルを踏めるようになると、どこにでも行けるようになってしまうのが佐和子の真の姿なのである。何もわかっていないような顔をしながら、「お前の不倫を見抜いている」「私も不倫をしている」とダブル攻撃を仕掛ける佐和子の強かさは、観ていて気持ちがいい。ほんわかした人を怒らせると怖い。こんな教訓が頭に浮かぶ。
不倫モノであるにも関わらず、終始「された側」に主導権が握られているからこそ痛快なののだろう。それは佐和子が経済的にも社会的にも自立しており、精神的にタフだからこそ成立する。佐和子は「された側」でもあるが、この夫婦関係を「捨てられる側」でもあるのだ。
一方、不倫をした夫・俊夫は、断罪されるべき存在であるにも関わらず、どこか憎めない存在だ。不倫しているのに、佐和子を見下しているようには見えないし、佐和子の仕事のサポートをしたり、帰省に付き合ったりしても、文句や嫌味を言わない。同業者であるにも関わらず、佐和子の仕事に嫉妬することもない。
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』より (C)2021『先生、 私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会
じゃあどうして不倫をしてしまったのかと問いただしたくなるが、柄本演じる俊夫は恫喝しづらい雰囲気をまとっている。いい人そうで、マヌケで、どこか応援したくなってしまうのだ。必死に空回りする姿を見ていると、「佐和子さん、もう許してあげて」と言いたくなる。
妻は静かに心理戦を進め、夫はジタバタと震えるコントラストは勧善懲悪というよりも、喜劇そのものだ。
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