ゾクゾクしてクスっと笑える不倫モノ 黒木華×柄本佑『わたとな』に心地よく振り回される
■不倫モノなのに爽やかさを感じるのはなぜ?
本作のもうひとつの見どころが、劇中に登場するマンガだ。佐和子の描くマンガをアラタアキが担当し、俊夫の作品は鳥飼茜が筆を執った。
物語の冒頭は佐和子の執筆シーンから始まる。静かな部屋でペンが紙にこすれる音やトーンを削る音が響き、心地が良い。アラタアキの描くマンガはとにかく美しく、線一本一本が煌めいている。ペン先が紙の上でサッサッと走る映像だけで、うっとりしてしまう。
物語の中に、たった2ページしか出てこない鳥飼茜が描くマンガにも目が話せない。『おんなのいえ』(講談社)『先生の白い嘘』(講談社)などのヒット作品を生み出してきた鳥飼の作画は、見つけた瞬間「あ!」と声をあげたくなる印象的な使われ方をする。鳥飼といえば、紙への手描きにこだわってきたマンガ家でもあるので、納得のキャスティングだ。
本作は、マンガの存在感が支柱を担っていると言ってもよい。それぐらいマンガを美しく切り取っている。
佐和子が狂気を表すのは、常に紙の上だ。深夜に物語を描いていく姿は、魔法の調合をしているかのようにファンタジー感たっぷりに描かれる。佐和子の滑らかな筆の動きからは、胸の高鳴りすら感じる。内向的な佐和子は、マンガを描いているときこそ自由になれるのだろう。
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』より (C)2021『先生、 私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会
自身におかれた状況に悲観するわけでもなく、物語に昇華していく佐和子。手掛けた物語がもっと面白くなるように夢中になってペンを執る姿は、創作の楽しさを満喫しているかのようだ。俊夫が滑稽なまでにジタバタするのも、佐和子の才能あってのこと。不倫を題材にしながらも、どこか爽やかさも帯びているのは、本作の根底には、創作の喜びが宿っているからだろう。
【『先生、私の隣に座っていただけませんか?』概要】
9月10日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ