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【LA在住】猿渡由紀の“ハリウッド最前線” 「第2回」原爆がテーマの『オッペンハイマー』日系アメリカ人の反応は…

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『オッペンハイマー』で「第96回アカデミー賞」作品賞、監督賞に輝いたクリストファー・ノーラン
『オッペンハイマー』で「第96回アカデミー賞」作品賞、監督賞に輝いたクリストファー・ノーラン (C)AFLO

 米ロサンゼルスを拠点に様々なメディアで活動している映画ジャーナリスト・猿渡由紀さんの連載がクランクイン!でスタート。第2回は「第96回(2024年)アカデミー賞」で最多7部門を受賞したクリストファー・ノーラン監督最新作『オッペンハイマー』にフォーカスしたコラムをお届けします。

■ J・ロバート・オッペンハイマーの人生を語る伝記映画

 昨年夏に全世界で公開され、10億ドルに迫る大ヒットとなったクリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』が、今月29日、ついに日本でも公開される。現地時間10日(日本時間11日)のアカデミー賞でも作品、監督、主演男優、助演男優を含む7部門で受賞したばかりとあって、日本の映画ファンもますます気になっているに違いない。

 ただ、その一方で、やはり複雑な気持ちもあるのではないか。なにしろ題材は原爆を発明した人物なのだ。日本人としてはどうしても子供の頃からずっと写真や映像で見てきた広島、長崎の惨状が最初に思い浮かんで、見るのが怖いのではと思う。ロサンゼルス在住の筆者の日本人の友達にも、「とても見に行く気持ちになれない」と言っていた人が複数いる。

 アメリカ公開からしばらく経つ今となっては、この映画の中に広島、長崎は出てこないと知っている人は、日本にも少なくないだろう。だとしても、どこか拍子抜けした感じを受けるかもしれない。3時間ある上映時間で、話が日本に移るのは半分以上経ってから。そこからも、完全にその話になるのかというとそうではないのである。思いきり身構え、勇気を持って見に行ったなら尚更、「え、これだけ?」となるかもしれない。

 だが、見終わった後に思い返してみると、これはあくまでJ・ロバート・オッペンハイマーという物理学者の若い頃から晩年までの人生を語る伝記映画なのだとわかる。原爆を開発することになった経緯、開発の過程などは、彼が人生の中で長い時間を費やした部分なので、そこはじっくり描かれるが、実際に原爆を落としたのは彼ではない。ノーラン自身も、「この映画はオッペンハイマーの視点から語るもの。彼自身は一般人と同じようにラジオのニュースを通じて原爆が落とされたことを知ったのだ」と、広島、長崎の状況を入れなかった理由を語っている。

 コミュニストと接点があった彼は、戦後、スパイの容疑をかけられ、理不尽な扱いに苦しんだ。この映画の焦点はそこであるのに、多くの欧米人が実はそんなに知らない広島、長崎のリアルな惨状を出してきたら、そっちに気が取られてまとまりにくくなるとの懸念も、ノーランにはあったのかもしれない。これはあくまで筆者の憶測だが、オッペンハイマーが悪者に見えすぎることも避けたかったのではないか。

 いずれにせよ、それらはフィルムメーカーの芸術的選択。アメリカ人の批評家、観客は、おおむねノーランの説明に納得している(だから、オスカーだけでなく数多くの賞を獲ったのだ)。それでも、日系アメリカ人からは「原爆の悲惨さを本当の意味で伝えるチャンスが失われた」という声が聞かれたし、映画自体を褒めるスパイク・リーも「日本の人たちに何が起きたのかをもっと見たかった。多くの人が蒸発したんだよ。何年も経ってからも放射能に苦しめられた。ノーランに力がないわけじゃない。彼はスタジオを説得できたはずだ」と語っている(リーのこの発言に対し、ノーランは『スパイク・リーは僕が尊敬する人のひとり。彼がこの映画を褒めてくれたということを嬉しく思う。彼は別のフィルムメーカーだから、違った解釈をして当然。彼が僕の映画から何かを感じてくれたことに、素直に感動する』とコメントしている)。

 そんなことを踏まえた上でも、日本の観客もこれは見ておいて損はないと、筆者は思う。そして筆者個人的には、ノーランはオスカー監督賞に断然値すると信じる。大人向けのシリアスな映画では稼げないとハリウッドが思い込んでいる中、ノーランは、物理の話がたくさん出てきて、裁判もののようでもある上映時間3時間、R指定の映画(R指定になったのはフローレンス・ピューのヌードがあるため)を、爆発的にヒットさせてみせたのだ。ノーラン以外にそんなことができる監督はいないだろう。それ自体が歴史的な出来事。それは体験しておきたい。その上で、映画についてどう思うか、観た人同士で意見交換をしてみてはどうだろうか。

猿渡由紀(L.A.在住映画ジャーナリスト)プロフィール
神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「週刊SPA!」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイ、ニューズウィーク日本版などのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

文:猿渡由紀

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