名ゼリフ宝庫の伝説回、“もう1人のヒロイン”の最期――名言&迷言で振り返る朝ドラ『ばけばけ』の世界<第2回>
東京へ出奔した銀二郎をトキが追う資金を用立てたのは、祖父の勘右衛門(小日向文世)だった。かつて、遊郭で客引きをしていた銀二郎に対し、「松野家の格が下がる」と咎めた勘右衛門に、銀二郎は「おじじ様もいっそ鎧や刀を売って金を作ってはいかがですか?」と反論する。今さらながら、勘右衛門は鎧や刀を手放したのだ。
東京へ向かったトキが、もう松江には戻らないかもしれないことを、トキの生みの母・タエ(北川景子)に伝える勘右衛門。するとタエは、「私はおトキを手放す時、あの子の幸せだけを願いました。そなたは今、あの時の私たちと同じことを願っている」と語りかける。
夫・傳(堤真一)が亡くなり、機織り工場も倒産したタエは、その後、三男・三之丞(板垣李光人)と極貧へと転落する。しかし「雨清水家は人を使う立場」という価値観に縛られ、人に使われて働くくらいならと、ついには物乞いにまで身を落とす。勘右衛門もタエも、出自への強いこだわりを持ち続けてきた人物だった。
二人は純粋で、少し愚かだったのだと思う。トキの幸せを思うなら、必死に働いていた銀二郎を責めるべきではなかったし、残された三男・三之丞のことを思えば、食べ物にも困る状況で、名家のプライドに固執するべきではなかったはずだ。
それでもなお、勘右衛門もタエも、少しずつ古い価値観を手放し(そうせざるを得なかったし、いざという時にはそれができる人たちだった)、前へと進んでいく。ヘブンのことを「ペリー」と呼び斬ろうとしていた勘右衛門は、最終的に「八雲」という日本名をヘブンに与えるに至る。そして、タエと三之丞が苦しい生活の中で守り続けてきた雨清水の籍に、日本人としてヘブンが加わることになる。
長い歴史の中では、タエも、勘右衛門も、トキも、市井の人に過ぎない。だがその胸の内には、いつもさまざまな思いが渦巻いていて、何も起きていないように見える日々の中で、その機微を丁寧にすくい上げてきたのが、『ばけばけ』という物語だった。
■時代に翻弄された男・三之丞
すべてを失ったタエと三之丞 連続テレビ小説『ばけばけ』より (C)NHK
上級武士の家に生まれながらも三男坊であるがために冷遇されてきた三之丞も本作に欠かせないキャラクターだ。長男が出奔し、父・傳が病に倒れたことから突然、工場の社長代理となった三之丞。程なくして傳が亡くなると工場は閉鎖。残された傳の妻・タエと三之丞は稼ぎを失ってしまう。そして母・タエが語っていた“雨清水の人間なら人を使う仕事に就きなさい”という言葉を信じ込んだ三之丞は独特すぎる就職活動を展開する…。
第29回では三之丞が司之介(岡部たかし)の働く松牛舎牛乳を訪問。三之丞が社長にすがり付きながら訴えた「私を雇ってください! 社長にしてください!」という言葉は、その切実さから“悲劇と喜劇は紙一重”と言いたくなる絶妙なペーソスとユーモアを醸し出した。その後、タエと三之丞は、トキが女中として得た給料をもとに生活を立て直す。そんなタエと三之丞は第94回で再登場。荷下ろしの仕事を始めた三之丞は肌も浅黒くなり精悍な佇まいに。
またヘブンが日本国籍を取得するためトキと共に松江に戻った第23週にも三之丞はタエと揃って登場。2人はトキとヘブンが雨清水籍に入ることを喜びながら、貧しい暮らしに耐えてきて良かったと語りあう。そして三之丞は、タエが作った食事に口を付けると「失礼を承知で…」と切り出し「母上の料理がこの頃、美味しいです…美味しいです!」と笑顔を見せる。三之丞自身の成長に加えて、タエの成長、そして三之丞とタエの家族としての成長を体現するような名ゼリフとなった。
■“もう1人のヒロイン”錦織さんよ永遠に…
「あの人は…本当に世話が焼ける」 連続テレビ小説『ばけばけ』より (C)NHK
最後に本作を代表するキャラクターの1人として挙げたいのは、時に主人公以上の存在感を放っていた吉沢亮演じる英語教師・錦織友一。飛び抜けた優秀さと生真面目さが絶妙なユーモアを醸し出したことで、朝ドラ王道の“トンチキイケメン”枠を担いつつも、ヘブンとの関係性の変化が丁寧に描かれることで、視聴者の間では“もう1人のヒロイン”としても愛された。
思わず笑ってしまうおもしろ系パワーワードを次々と生み出してくれた錦織。第68回のヘブンと三之丞の初対面シーンで、錦織が放った「三之丞is三之丞」は、錦織の生真面目さとトンチキが高次で融合した迷ゼリフ。さらに第89回で、錦織が新聞に“食い逃げ疑惑”を報じられた江藤知事(佐野史郎)に向けて語った「よい食い逃げでした」は、真剣な表情とのコントラストが笑いを誘う見事なパンチラインとなった。
名シーン、名ゼリフを挙げればキリがないが、彼の“最期”が描かれた第115回に触れずにいられない。かつてリテラリーアシスタント(作家の創作を助けるパートナー)を務めた錦織は、松江の美しい光景に心が動かなくなったヘブンを厳しい言葉で批判。錦織が施した“荒療治”で作家魂に火が付いたヘブンは部屋にこもって執筆に集中する。その直後、ヘブンの部屋を訪れた錦織がトキの隣で静かにつぶやいた「あの人は…本当に世話が焼ける」という言葉は、ヘブンと友情を紡いだ錦織のリテラリーアシスタントとしての矜持が伝わる名ゼリフだった。
(文:スズキヒロシ、川辺想子)
連続テレビ小説『ばけばけ』はNHK総合にて毎週月曜〜土曜8時ほか放送。
※高石あかりの「高」は正確には「はしごだか」

