寺尾聰、「昔を振り返ることはあまりしない」 長年のキャリアを通じて見つめてきた“本質”とは?
映画『父と僕の終わらない歌』場面写真 (C)2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会
本作のもう一つの大きな魅力に、寺尾自身が歌う名曲たちがある。
例えば、チャールズ・チャップリン作曲の「SMILE」。その選曲には、彼自身の過去の演奏歴やプロデューサーとのやりとり、そして映画そのものに通底するテーマが深く関わっている。
「最初、SMILEを歌うって話が出たとき、『あ、これは永遠のテーマだな』と思ったんだよね。メロディーを聴いた瞬間に、『これをちゃんと歌うのは、実は一番難しいかもしれない』って感じた。でもさ、別に構えてやってるわけじゃないんだよ。今回に限って言えば、“役が歌うから歌う”。ただそれだけのことなんだ」
本人にとって“特別に”という意識はないという。しかし一方で、この楽曲が持つ背景や、映画の中で響かせるべき感情には、明確な共鳴がある。
「チャップリンの映画は、全部観たよ。彼はアメリカをほとんど追放されるような形で去った人物だけど、どの作品にも“愛情”がある。痛みがあっても、全部愛で包んでる。それがすごく伝わってくる。SMILEにも、それがあるんだよ」
劇中で使用される楽曲は、「SMILE」だけではない。実はこれらの曲の多くは、寺尾自身が長年にわたりライブで歌ってきたスタンダードナンバーの中から選ばれたという。
「ライブでは、200曲ぐらいスタンダードをやってきてるから。その中から、監督やプロデューサーが“これがいい”とか“これはちょっと違うかな”ってピックアップしてくれて。最終的に残った曲たちを、映画の中で使ってるんだ」
選曲の基準は、「どんなに明るくても、どこかに切なさがある」こと。そうした“明るさの中にある陰影”こそが、彼が映画や音楽に求める「感情の奥行き」にもつながっている。
「なんかさ、“明るいけど切ない”っていうのが一番キュンとするんだよね。人生って、そういうもんじゃない? 笑ってても、どこかに悲しみがあるし、逆に泣いてても、愛情がある。俺、そういう“キュンとする”仕上がりの作品が好きなんだよね。観る側としても、作る側としても」
だからこそ、「狙って感動させるようなもの」は、自分の中では意味をなさないという。
「“ここで泣いて下さい”みたいな映画ってあるでしょ? 俺、ああいうの、あんまり好きじゃない。人によって感動のポイントなんて違って当然だし、自分で感じて、自分で涙が出るような、そういうのがいいんだよ。『SMILE』もそう。押しつけじゃなくて、“響くかどうかは、あなた次第”。それでいいんだよね」
役が“歌手”という設定だったから、歌うことになった。だから構えていない──そう語りながらも、そこには、役者・寺尾聰としての覚悟が自然とにじみ出ている。それはおそらく雄太を演じる松坂桃李にも伝わったのだろう。
ラストシーンで松坂桃李が「本気泣き」を見せた。それも事前に打ち合わせは一切していなかったという。
「言わなくても分かると思ってた。あいつ、頭いいからさ。感度も俺と近いんだと思う。信頼してたし、あの場面で100%理解して、見事な芝居してくれた。あれは“演じた”んじゃなくて、“そこにいた”って感じだったな」
その瞬間、親子という“嘘”は、たしかに“本物”としてスクリーンに立ち上がった。