寺尾聰、「昔を振り返ることはあまりしない」 長年のキャリアを通じて見つめてきた“本質”とは?

2016年、イギリスでアルツハイマーの父と息子の1本の動画がSNSに投稿され、世界中で話題に。そんな実話をもとに作られた映画『父と僕の終わらない歌』で主演を務めた寺尾聰にインタビューを敢行した。本作は、音楽を通じて父と息子が絆を深めていく姿を描いた感動のヒューマンドラマだが、寺尾にとって出演の決め手は、実は松坂桃李との共演だったと言う。そこにはどんな思いが? 約50年にわたり俳優、ミュージシャンとして第一線を走ってきた寺尾が、長年のキャリアを通じて、「語ること」「見せること」の本質について、そして“言葉”と“心”の距離について静かに、しかし熱を持って語ってくれた。
【写真】インタビューに答える姿も絵になる! 寺尾聰、撮りおろしショット
◆芝居を観て、心で感じてもらう――それが全て
インタビューが始まってすぐ、レコーダー(録音機)を出すと、「こんなもん、やめようよ」と寺尾聰は呟いた。いわく、「面白かったら面白いって書けばいい。つまらなかったらつまらないって書けばいい」と。
しかし、そこには、長年映画という“嘘”を“本物”として伝えてきた人間ならではの、揺るぎない信念がある。
「映画っていうのは、ドキュメンタリーじゃない。いかに嘘を“本物”にするか。それが僕らの仕事。取材も宣伝も、その延長線上にある。だからこそ、忖度とか“擦り合わせ”なんてやっていたら、ろくなもん作れないと思うんだよね」
映画『父と僕の終わらない歌』ポスタービジュアル (C)2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会
本作のポスタービジュアルも、そんな哲学の上で撮られている。
「“こっち向いて”とか“ポーズとって”とか、やめてくれ。本番中でもいいから、好きなところから自由に撮って」
そして出来上がったスナップの中から、寺尾自ら「これだ」と選び抜いた1枚は、演技中でもなければ、打ち合わせ中でもない、親子の自然体を感じさせる瞬間を捉えていた。
「俺と松坂(桃李)くんが、どれだけ自然に“親子”を作れたかがその写真に出ている。ナチュラルな表情って、演技じゃなかなか出ないからね。あれは本当にいい写真だったよ」
今回、寺尾が演じたのは、音楽とユーモアをこよなく愛し、生まれ育った横須賀で楽器店を営む間宮哲太。そんな彼がアルツハイマー型認知症を患い、徐々に全てを忘れていく中、つなぎとめたのは、松坂桃李扮するイラストレーターの息子・雄太と、松坂慶子扮するチャーミングで茶目っ気ある妻・律子、深い絆で結ばれた仲間、そして愛する音楽だった。
その姿は実にリアルだが、実は寺尾自身も経験があるという。
「母が僕を認識できなくなったとき、やっぱり悲しかったし、辛かった。でもね、それって普通の“悲しさ”とは違うんだよ。包んでるのは、やっぱり“愛情”。言葉にするとたった二文字だけど、それを“感じてもらう”ことが僕らの仕事なんだよ。ポスターや宣伝、インタビューでいくら言葉を並べても意味はない。芝居を観て、心で感じてもらう。それが全てだと思っている」