クランクイン!

  • クラインイン!トレンド

寺尾聰、「昔を振り返ることはあまりしない」 長年のキャリアを通じて見つめてきた“本質”とは?

映画

◆父・宇野重吉からの言葉を黒澤明監督の現場で実感



 松坂桃李に対して絶大な信頼を寄せる寺尾は、「まだあの若さであんなに見事な芝居ができるんだからさ。羨ましいよ」とつぶやく。自身は今の松坂桃李くらいの頃、どんなことを考え、どんな夢を抱いていたのだろうかと問うと。

 「全然覚えてないなあ。昔を振り返るってこと、あんまりしないんだよね。楽しかったことを思い出すことはあるかもしれないけど、基本的には“今”しか見てない。よくさ、人生の中で“一回くらいは振り返ることがある”っていうじゃない? でも俺、多分一回もないかも」

 しかし、自分が受け継いだものを振り返ったとき、自然と父の話が出てきた。

 「今の自分があるのは、全部、親父からもらったもの。俳優としても、人間としても。俺はその十分の一も受け継げなかったけど」

 寺尾聰の父、宇野重吉。新劇の名優にして演出家だったその存在は、息子にとって何よりも大きな“存在”だった。

 「でも、何も教わった記憶はないよ。今にしてみれば、もっと近くで教わればよかったって思う。でも、その頃は役者になろうなんて思ってなかった。不良だったからさ(笑)。それでも、奈良岡朋子さんから言われた言葉が心に残っているんだよ。『あんた、他に行っても何も学ぶことないよ。あんたはもう全部持ってる』って。最初は何言ってんだ?って思ったけど、今思えばその通りだったな。全部もうもらってた。子供の頃からずっと演技が生活の中にあったんだと思う」

 映画と舞台の違いを問うたとき、父はこう答えたという。

 「映画はさ、カメラが360度どこからでも撮れるから、どこからでも芝居を見られるでしょ。でも舞台は、そうはいかない。基本的に正面にしか観客はいないから。でもな、そこに1000人がいたとして、その全員の目を一瞬で引き寄せる芝居って、やっぱり作れるんだよ」

 その言葉を、自身も黒澤明監督の現場で実感することになる。

 「黒澤さんは監督としては天才だった。アップを撮る時でも、普通に近づくんじゃなくて、ロングレンズで撮る。その画がもう全然違う。そりゃそうだよ、天才だもん」


 父・宇野重吉のこと、黒澤明のことを懐かしそうに語る寺尾は、不意に目の前の筆者に「あなたは過去を振り返ることある? 何かやり直したいことってある?」と尋ねた。

 そこから、筆者が夫婦でフリーランスのライター業をやりくりしながら、子どもが幼い頃には取材・打ち合わせは先に入れた者勝ちで、駅で子どもを引き渡していた、仕事ばかりしすぎたという話をすると、寺尾は優しく笑った。

 「他人には理解されないかもしれないけど、それもひとつの“愛情”の形だよ。その夫婦の中では、きっとすごく意味のある育て方だったんだと思う。俺、人の話を聞くのが好きなんだよ。俺より、あなたの話のほうが面白かったな。映画になるんじゃない?」

 飾り気なく、演じることの本質を知る男の言葉には、嘘がない。だからこそ、彼が“本物”として伝える愛や痛みは、深く、静かに心に沁みるのだ。

 最後に、「演技をする上で、大事にしていることは?」と尋ねると、寺尾はふっと笑って答えた。

 「それは企業秘密。言っちゃったら、みんな同じになっちゃう。ヒントもないよ(笑)」

 しかし、演技に対しては確固たる持論を持っている。

 「日本には演技論を学ぶ“場”がまだまだ少ない。アメリカにはニューヨーク・アクターズ・スタジオがある。マーロン・ブランドも、ロバート・デ・ニーロも、みんなそこ出身だよ。俳優だけじゃなく、カメラマンも一緒に学ぶような場所が日本にも必要だよね。本当は、そういうところでじっくり基礎を学ぶべきだと思うんだ」

 どこまでも静かに、しかし確かな熱を宿して。寺尾聰という俳優は、今日も“本物”を届けようとしている。(取材・文:田幸和歌子 写真:高野広美)

 映画『父と僕の終わらない歌』は公開中。

3ページ(全3ページ中)

この記事の写真を見る

関連情報

関連記事

あわせて読みたい


最新ニュース

  • [ADVERTISEMENT]

    Hulu | Disney+ セットプラン
  • [ADVERTISEMENT]

トップへ戻る