24の調から広がる2つの世界――吉見友貴が挑むショパンとショスタコーヴィチ
――2020年に入学したニューイングランド音楽院では、アレクサンドル・コルサンティア先生に師事しました。留学はコロナ禍のオンライン授業から始まったのですね。
吉見:伊藤先生より先に、コルサンティア先生のレッスンを受けはじめていました。ただしコロナ禍だったので最初は日本からオンラインで受けていたんです。だから互いにZoomを通してどのように演奏が伝わっているのか当時はまだまだ分かりませんでしたし、試行錯誤の1年でしたね。2年目である2021年から実際にボストンで勉強しはじめて、ようやくコルサンティア先生のレッスンがどういうものなのか分かってきました。
コルサンティア先生は、蛇口をぱっとひねって僕の中にあるものを全部出してくれるような感じなんです。曲によってはすごく細かくなる時もありますが、基本的には自分が何を感じ取っているのか、音楽とどう向き合って、どう感じているのかを、もっと表現しなさい、外へ出しなさいという先生でした。哲学的というか、すごくコンセプチュアルなレッスンが多いです。それまで習ってきた上野先生とは全く異なる教え方だったことに、ものすごく衝撃を受けました。
――どちらかといえば上野先生よりも伊藤先生に近いタイプなんですね。
吉見:ただ裏を返せば、自分でいろいろなことを考えなければいけないレッスンでした。この音をどうするか? ここでフレーズがどうなっているか? そういった細かいことを先生はあまりおっしゃいません。もう分かっているという前提で話されるんです。だから最初のうちは「こう弾いたらだめなのではないか」「こうしたら違うのではないか」という迷いがすごくありましたし、「どうしよう、どうしよう」と考え、なかなか負のループから抜け出せない瞬間もありました。「自分の演奏はどこへ向かっているのだろう」と思うことも多かったです。
でもきっと先生は、それも分かっていたのだと思います。それでも「あなたは今こういう状態だから」とはおっしゃらず、自分で自分を見つけるための手助けをしてくれました。そこが最も考えさせられたところだったと思います。特に現地で受けた最初のセメスターは、自分の演奏もどんどん変わっていくという実感がありました。
――コルサンティア先生自身が一般的なピアニスト像には収まらないような演奏家ですよね。YouTubeで《ペトルーシュカ》全曲を弾いている映像を観たのですが、ピアノを弾いているというより、ひとりでオーケストラを鳴らしているかのようでした。
吉見:あれはすごく面白いですよね(笑)。数年前に弾きはじめた頃は、ピアノのペダルの横にドラムセットのバスドラムを置いて足で踏むだけだったんです。ところが回数を重ねるうちに、手首に巻く鈴などがどんどん増えていったり、アコーディオンのような楽器が出てきたりした時もありましたよ。最初は「一体、この人は何をしているんだ?」と訝しがっていたんですが、先生のことを理解するほどこれが本物の芸術家だなと思いました。
