「精神医療は今、経済におびやかされている」 ベルリン金熊賞受賞『アダマン号に乗って』監督インタビュー
今年2月、第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で、俳優クリステン・スチュワートら審査員たちが華々しい作品群のなか最高賞である金熊賞を贈り、「人間的なものを映画的に、深いレベルで表現している」と賞賛された『アダマン号に乗って』。手掛けたのは、世界的大ヒット作『ぼくの好きな先生』(2002)で知られる、現代ドキュメンタリーの名匠ニコラ・フィリベール監督。舞台は、パリ、セーヌ川のきらめく水面に照らされた木造建築のユニークなデイケアセンターの船<アダマン>。精神疾患のある人々を無料で迎え入れ、絵画、音楽、ダンスなど創造的な活動を通じて社会と再びつながりを持てるようサポートしている。「アダマン号は人間らしい精神医療を行う場所。創意に飛んだデイケアセンター。このような場所があることは重要です」と語る監督に、精神疾患の患者を撮影することの難しさや学び、貴重な撮影の裏側について聞いた。
【写真】パリ、セーヌ川に浮かぶユニークなデイケアセンター「アダマン号」
――監督にとって、アダマン号はどういう場所なのでしょうか。奇跡の船だとおっしゃっていましたね。
アダマン号は人間らしい精神医療を行う場所です。精神医療は今、経済におびやかされています。精神を病んだ人にお金をかけるのは社会に負担だと言われます。多くの公共の精神科病院は見放されているようです。予算不足、人材不足が顕著で、看護師の数が少ないのでまともに患者の世話ができません。患者はしばしば、放っておかれています。部屋で一人で過ごしたり、中庭でぐるぐる周るしかありません。
精神医療は今、特に人材を必要としています。アダマン号は創意に飛んだデイケアセンターです。お金がある人向けの私立の施設ではなく、開かれた場です。スタッフの発想が豊かで、オープンマインドです。世界にも開いていて、作家、音楽家、アーティストなどが招かれます。常に発想豊かで、魅力的な場所であろうとしています。建築学的に見ても美しい場所です。このような場所があるということは重要ですし、こういう場所がもっとあるといいと思います。人に寄り添う精神医療を行える予算が病院にあればいい。もっと時間を取って患者の言葉に耳を傾けてそれぞれに合った治療法をみつけてほしいと思います。
――アダマン号に定期的に訪れることがない人であっても、たとえば外部からコーヒを飲みに立ち寄ったり、中に入ることはできるのでしょうか。
いえ、それはできません。アダマン号は公共の場ではありません。あくまでもデイケアで、治療の場です。しかし同時にオープンな場でもあります。つまり、ゲストを迎えることのできる場所です。ただ、突然思いつきで訪れることはできません。アダマン号を訪れたいという人がいれば、その訪問を計画する必要があります。一例を挙げるとしましょう。ある作家、もしくは音楽家の女性が、アダマン号をぜひ訪れてみたいと思っていたとします。その人は、いきなり訪問をするのではなく、まずはスタッフに接触します。その話を聞いたスタッフは、「それはいい考えですね、ぜひ私たちに会いに来てほしいです、ではその訪問を計画するので少し時間をください」となるわけです。そういうことなんです。観光客が観光スポットを訪れるみたいに訪れることができる場所ではありません。ただ、セーヌ河岸を散歩している観光客が、ふいにアダマン号にやってきたとして、もちろん迎えますし、こんにちは、と挨拶して、あるいはこの場所がどんな場所なのかを説明するかもしれません。でもそれ以上受け入れることはできないでしょう。
――アダマン号にいる人々は非常にユニークですね。撮影においてどのようにコミュニケーションを取ったのでしょう。
アダマン号に来る人たちは皆それぞれ個性があります。全員が興味深いんです。この人面白い!と出会ってすぐに思える人もいます。教養があったり芸術性が高いと思える人です。そして、目立たない人もいます。そういう人との出会いは少し時間がかかります、興味深くないわけではなくて、むしろとても興味深い。ただ時間がかかるんです。忍耐が必要なので、いきなりは無理で、ゆっくりアプローチするしかない。この場所には個性的な人たちとの出会いがあります。一人一人が興味深いんです。
――それでは、難しかったことはありますか?
映画の撮影は基本的に難しいものです。精神医療がテーマでなくとも難しい。たくさんのことをいっぺんに考えなくてなりません。特にこういう場所では、出しゃばってはだめで、うるさくしないようにしなくてはなりません。いろいろなことへの配慮が必要です。個人ではなく共同作業であることも示さなくてはなりません。共同作業の意味をわかってもらうことが大切でした。共同作業そのものに治癒効果があった気がします。同時に何人かをクローズアップする必要もありました。観客の意識を迷子にしないためです。そうしたところが撮影でも編集でも、難しい点の一つでした。
編集段階で100時間近くのビデオを蓄積しているので、どうしても絞らなくちゃいけない。時に難しい選択になります。撮影していて楽しかったもの、美しく感動的なものでも話の流れに沿わないと思ったものはあきらめました。美しい場面をカットせざるを得なかったこともあります。出演していた人を悲しませるかもしれないという思いもありました。せっかくの出演シーンがなくなる、と思わせたくなかった。編集でカットされたからといって、彼らに問題があるわけではないと説明が必要でした。ただ映画の作りにはまらなかっただけだと、劣っているわけじゃないんだと、説明しました。
映画『アダマン号に乗って』は、4月28日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開。