『アイム・スティル・ヒア』人間の冷酷さを静かに浮き彫りにする本編映像 「日本映画に強い憧れ」サレス監督のコメントも到着

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第97回アカデミー賞でブラジル映画初となる国際長編映画賞を獲得した名匠ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』(8月8日公開)より、サレス監督から寄せられたコメント映像と、人間の冷酷さを浮き彫りにする本編映像が解禁された。
【動画】『アイム・スティル・ヒア』ウォルター・サレス監督コメント&本編映像
『セントラル・ステーション』で国際的評価を築いたウォルター・サレスが、長編としては16年ぶりに祖国ブラジルにカメラを向けた本作は、軍事独裁政権下で消息を絶った政治家ルーベンス・パイヴァと、夫の行方を追い続けた妻エウニセの実話に基づいたドラマ。
第81回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀脚本賞、第82回ゴールデングローブ賞で主演女優賞を受賞。第97回アカデミー賞では、ブラジル映画史上初となる作品賞を含む3部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞した。
1970年代、軍事政権下のブラジル。元国会議員のルーベンス・パイヴァとその妻エウニセは、5人の子どもたちと共にリオデジャネイロで穏やかな日々を過ごしていた。だが、スイス大使誘拐事件を契機に、国の空気は一変する。抑圧の波が広がる中、ある日、ルーベンスは軍に連行され、そのまま消息を絶つ。愛する夫を突然奪われたエウニセは、必死にその行方を追う。しかし、その過程で彼女自身もまた軍に拘束され、数日間にわたる過酷な尋問を受けることとなる。
エウニセは数日後に釈放されたものの、夫の消息は一切知らされないまま。それでもエウニセは諦めなかった。沈黙と闘志のはざまで、夫の名を呼び続けたその声は、やがて静かに、しかし確かに、歴史を動かす力へと変わっていく。
このたび解禁されたのは、サレス監督が日本公開を記念して寄せたコメント映像。「小津安二郎、溝口健二、小林正樹の時代から、是枝監督の時代まで日本映画に強い憧れを抱いています」と、日本への敬意を語り、「私にとって意義深い」と公開の喜びを表現。「これは始まりの物語であり、喜びの物語」と語りながら、突然もたらされた喪失をどう乗り越えるのか、そしてどのように生き続け抵抗し、どのように受け入れて共に生きていくのかと作品を解説し、「私にとってこれは人生そのものについての映画です」と想いを寄せている。
続く本編映像では、夫救出の手がかりを握る友人に対し、軍施設での目撃証言を懇願するエウニセの姿が描かれている。友人は、エウニセの必死の訴えを「悪いけどこの問題には関われない」と冷たく拒絶。なおも「力を貸して。逮捕を証明しないと夫の命が危ないの」と食い下がるエウニセを、「それはみんな同じよ」と一蹴する。信頼や友情よりも恐怖が勝り、助けを求める声さえ届かない――そんな孤立無援の苦しさと、人間の冷酷さを浮き彫りにするシーンとなっている。
本作のモデルとなったパイヴァ一家と実際に懇意にしていたサレス監督は、「彼らの家は、私の思春期に深く刻まれた記憶の場所です。戸も窓も開け放たれ、世代や立場を越えた人々が自由に集うその空間は、独裁下のブラジルでは極めて特異で象徴的なものでした」と振り返る。
また、「あの家そのものが、“こんな国にしたい”という理想の縮図だったのです」「(ルーベンス・パイヴァが失踪する前の)1960年代初頭のブラジルは、オスカー・ニーマイヤーやルシオ・コスタの建築、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルの音楽、そしてシネマ・ノーヴォの映画運動に象徴されるように、自由で包摂的な未来を夢見ていました」「パイヴァ家は、その理想を日々の暮らしのなかで実践し、抵抗を続けていた」と語り、しかし「1964年のクーデターは、彼らが体現していた理想を押し潰し、ルーベンスの悲劇的な運命へと至る過程の決定的な転換点となりました」と述懐。
自由を希求したかつての希望の時代が、いかにして抑圧と暴力に取って代わられたのか。そしてその過程が、今まさに再び繰り返されようとしているのか──静かな警鐘とともに振り返っている。
映画『アイム・スティル・ヒア』は、8月8日より全国公開。