煉獄さんの夢は幸せじゃない? 鬼滅の刃『無限列車編』は“夢の世界”に注目すると面白い
■成長が感じられる伊之助の夢
善逸と同じく劇中のほっこりパートとして描かれる伊之助の夢。短いシーンではあるが、伊之助の成長を感じられる胸が温まる夢となっている。炭治郎たちと出会ったばかりの頃の伊之助は、ほかの生き物との力比べを唯一の楽しみとして生きてきた。親も兄弟もおらず、一人で山で暮らしていた中で、そこに偶然現れた鬼殺隊員と力比べをしたことが、鬼殺隊に入るきっかけになった。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』 写真提供:AFLO
そんな彼が見たのは、へんてこながらも仲間を引き連れ、洞窟の主に勝負を挑みに行く夢。夢の中で伊之助は、タヌキのポン治郎(炭治郎)、ネズミのチュウ逸(善逸)、ウサギのピョン子(禰豆子)を従える。これまで勝つことに強いこだわりを持っていた彼が、藤の花の家紋の家でもてなしを受け、那田蜘蛛山で仲間と戦うことを知った後、このような夢を見たのは、よっぽど炭治郎たちとの出会いがうれしかったのだろう。ちゃっかり上下関係を作り、炭治郎と善逸のビジュアルをあんな風にするという、これまでの伊之助らしさも残っているのも、この夢のユニークなところだ。また、女の子を踏みつけていた彼が、ポン治郎たちより少しだけピョン子に優しく、ビジュアルを良くしているのもほほ笑ましい。洞窟の主を化け物のような列車にしたのは、テレビアニメ版第26話からの思い込みか、それとも野生の勘が働いたのか…。
■煉獄杏寿郎にとって“幸せ”とは
煉獄杏寿郎(※)の夢は、炭治郎たちとは少し異なる。3人が理想の未来や自分の姿を夢見ていたのに対して、杏寿郎は、自身が体験したであろう過去の瞬間を振り返る。
夢で見た場所は、煉獄邸。杏寿郎は、父に柱になった報告をする。しかし返ってきた答えは、「柱になったから何だ。くだらん…どうでもいい」と酷な言葉。父・槇寿郎は、かつて鬼殺隊の炎柱として活躍した剣士だった。杏寿郎のような情熱を心に宿していた人だったそうだが、ある日突然、剣士をやめた。
本作の入場者特典として配布された『鬼滅の刃 煉獄零巻』によると、杏寿郎が鬼殺隊に入った時点で、「くだらん夢を見るな」「お前は炎柱にはなれない」と、すでに父から未来を否定されている。そんな過去に打ちのめされず、柱になって帰ってきたのに、結局、元の父には戻らなかった。
こんな寂しい話を、なぜ杏寿郎は夢に見たのだろうか。それは亡くなった母の言葉が関係しているのではないかと考える。 杏寿郎は、生前の母からこう告げられていた。「弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です」。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』 写真提供:AFLO
魘夢の血鬼術がかかった直後、 杏寿郎が見た眠りが浅い頃の夢は、炭治郎たちを守り、弟子入りを申し込まれるという内容だった。また『煉獄零巻』で初めての任務にあたったとき、戦いで死んでいった仲間たちを見て、「君たちのような立派な人にいつかきっと俺もなりたい」と思うシーンもあった。
杏寿郎の声優を務めた日野聡は、本作のパンフレットのインタビューで、「もし父が褒めてくれていたら…今の強い煉獄さんは存在していなかったのではないかな? とも考えます」と答えている。過酷な人生の中で、心の炎が消えなかったのは、日野が言ったように、鬼殺隊の中で最高位の存在になることが、彼の人生のピークではなかったからではないだろうか。
炭治郎たちに比べると、“幸せではない”とも見える杏寿郎の夢。しかし、その夢は、「強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない」との名言を放った杏寿郎の原動力が垣間見える大切な場面であった。もしかすると、どんなに苦しい経験でも折れない心を持ち、母との約束を守れたことが、杏寿郎の幸せだったのかもしれない。(文・阿部桜子)
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、フジテレビ系にて9月25日21時放送。
※「煉」の正式表記は「火+東」
※「禰」の正式表記は「ネ+爾」