役所広司「物語というのは日本映画史の中でほぼ出尽くした」 『VIVANT』『PERFECT DAYS』経た今“惹かれる企画”とは
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日本を代表する俳優であり、テレビドラマ『VIVANT』(TBS系)での活躍も記憶に新しい役所広司。ヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』では日々を実直に、丁寧に生きる寡黙なトイレの清掃員にふんし、第76回カンヌ国際映画祭にて最優秀男優賞に輝いた(同作はエキュメニカル審査員賞も受賞)。本作は渋谷区のデザイナーズトイレ「THE TOKYO TOILET」プロジェクトをきっかけに生まれた。なんてことない日々の豊かさを再認識させてくれる傑作の主演を務めた役所が、撮影の舞台裏はもとより自身の俳優としてのルーティンや惹かれる企画についても語ってくれた。
【写真】黒のスーツでビシッと決めた、役所広司の全身ショット
■いつも後悔と眠りに
――斬新な企画であり、木漏れ日をテーマにした作品であり、ヴィム・ヴェンダース監督とのコラボレーションであり――。役所さんにとって、本作と過ごした時間はどういったものになりましたか?
役所:『PERFECT DAYS』は自分が今までやってきた商業映画とは違って、映画会社が製作している映画ではありません。柳井康治さん(「THE TOKYO TOILET」発案者)が製作者として「『THE TOKYO TOILET』プロジェクトのトイレを舞台にした清掃員の物語を自由に作ってほしい」と立ち上げた企画です。まずもってそういった映画と出会えるなんて思っていませんでしたし、ヴェンダース監督を中心にみんなが自由な発想で映画を作った――そんな時間でした。「これをやらないと製作費の元が取れない」などを気にせず、お客さんに届けたいものを作っていこうという姿勢が、僕にとっては初めての経験でした。
この物語は見ているお客さんをある一方向だけに導いていくものではなく、それぞれが今まで生きてきたなかで培った感覚と照らし合わせながら、さまざまな解釈ができる余地を残したつくりになっていると感じます。
――本当にそう思います。僕自身は、アナログの文化や町、お店や人といった失われゆくものがこの映画の中に映されていると感じました。全体的な感想を一言で言うなら「豊かさ」でしたが、役所さんは完成版をご覧になってどう感じられましたか?
役所:普段は自分が出ている映画を冷静に見られませんが、今回は別でした。大都会の中で平山という男が今現在生きている毎日のゆったりした時間を体感しながら、すごく豊かな生き方をしているなと感じました。ほとんどがコンクリートしか見えない大都市の中でも、彼は植物を見つけて、それらを通して木漏れ日を楽しんでいます。それはある種、余裕のある生き方でもありますよね。
僕たちはお金があれば何でも買える生活をしているけれど、彼は新しいものを手に入れるといったことに頓着していないし、今置かれた自分の状況に満足して生きている。朝起きて、自分がちょっと夢中になれる仕事をして、好きなお酒を飲んでお風呂に入り、好きな本を読みながら眠りにつけるのが、うらやましかったです。僕なんかいつも「あれができなかった、これができなかった」と後悔しながら眠りについていますから(笑)。大都会でテンポの速い生活をしなくちゃいけない人々には、この映画は非常に癒やしの効果があるのではないかと思います。
――同じルーティンの中でも、その時々で「平山さんは今こんな気持ちなんだろうな」と思える細部の違いが素晴らしかったです。例えばお風呂に入るシーンなどは、まとめて撮影されたのでしょうか。
役所:入浴シーン自体は1日で撮り切り、お風呂の入り口を含めて2日ぐらいでした。早い段階から「テストをせずにどんどん撮っていこう」となったので、台本に書かれていた物語の流れを基に演じてみて、監督とキャメラマンがずっと追ってくれていました。ちなみに台本には「ほほ笑む」や「笑う」といったことはほぼ書かれておらず、その都度ヴェンダース監督から「ここは笑ってみよう」とか、あるところでは「映画の中で一番怒ってみよう」と演出を受けました。そのときは「こんなに怒る/笑う人なのかな」と思ったのですが、監督は役にリアリティーを持たせ、観客に親しみをもたらすためにそういった演出をされたのだと後から分かりました。
――今お話しいただいたとおり、平山に人間味を感じられるからこそ概念的にならず、人物として立ち上がってくるようにも感じます。劇中、平山のバックボーンは詳しくは明かされませんが、ヴェンダース監督からメモを受け取ったそうですね。
役所:脚本には具体的な彼の過去や、これまでの人生のことは書いてありませんでした。俳優が自分で作っていく物語なのかなと考えていましたが、プロデューサーたちが何度も監督に聞いたみたいです。ヴェンダース監督は拒否されていたようですが、ある日メモを手渡してくれました。そこには平山と木漏れ日の関係が書かれており、非常に説得力があって詩的な美しいものでした。ヴェンダース監督が「ここで笑ってほしい」と演出したような部分も、平山と木漏れ日の関係によるものだと具体的に分かりました。
――ヴェンダース監督が最初に「平山のバックグラウンドは開示しない」とおっしゃっていたように、見る側が彼を分からなくても分かったような気になるという意味では、それも豊かさですよね。
役所:そうなんですよね。一方向だけにお客さんを導いてしまうと、映画自体は痩せていくような気がしますし、普段の実生活でも「この人はなぜ笑って/泣いているんだろう」と分からないものですよね。答えを聞くよりも「なぜだろう」と考えることで解釈が深くなりますし、平山の過去でも何でも、ここに至るまでのこと・映画についてみんなで話し合える楽しさってあるんじゃないかと思います。クライマックスも脚本上ではあえて曖昧に「平山が突然泣き出す」とだけ書いてあって、その理由については見ている人それぞれの解釈が正解だと思いますし、そういう風な映画にしようと監督は思われていたと感じます。
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――今回、トイレの清掃員を演じられるにあたって2日間のトレーニングを受けたそうですね。
役所:そうですね。現場でもトイレのシーンは付き合ってくださって、色々とレクチャーしてくださいました。僕に教えてくださった方は、腰にたくさん鍵をぶら下げていたんです。「これを全部使います」と言って。加えて、自分の道具をオリジナルで作られていました。自分の道具を大切にする丁寧さと、どれがどの鍵かを完璧に分かっている職人芸に「すごいな」と感心しました。一つひとつの動きがあまりに機敏なので「もうちょっとゆっくりやってもらえますか?」と相談しながら練習しました(笑)。
――役所さんご自身が、俳優というお仕事を続けていくなかでルーティンにされていることはございますか?