『SLAM DUNK』を彩った名監督たち 田岡・高頭・安西…3タイプに見る指導論
年齢不詳。元全日本選手で、指導者としては大学で教えていた5年前までは“白髪鬼”(ホワイトヘアードデビル)と恐れられていたスパルタコーチだが、あるトラウマを経て湘北高校の監督に就任してからは、教え子の自主性を尊重する“白髪仏”(ホワイトヘアードブッダ)へと変貌を遂げている。
初登場時は、1回戦負けが当たり前だった湘北だけに、試合での実績はぼゼロだったが、田岡や高頭らが最大の敬意を払い警戒する様子から、指導者としての腕も一流であることがうかがえる。あまりに動かないため、試合では「置物」と例えられることもあったが、チームの勝利や選手の成長のためにどうしても必要なときは、最小限で最高に刺さる言葉を紡ぐ名言の宝庫。1から10まで丁寧に説明せず、逆に1から10を理解させるワードセンスがずば抜けているのだ。
また、インターハイ1回戦での大阪代表・豊玉高校との試合では、相手の挑発行為に空回りする部員たちへ「全国制覇とは口だけの目標かね」と諭し、アメリカ行きを相談した流川に「私は反対だ」と迷いなく言い放つなど、必要だと感じたことは言いにくいことでもはっきり伝える。全国大会2回戦で相対した高校バスケ界最強の山王戦では、苦戦の中、安西が勝利を諦めたと勘違いして指示に耳を傾けない桜木に「聞こえんのか?(あ?)」と、かつての“白髪鬼”の片鱗を見せたこともあった。
安西にはもう1点、選手の成長、特に流川と桜木の成長を純粋に喜ぶという大きな特徴がある。特に顕著なのは、山王戦での桜木と流川だ。それまで感情をあらわにするシーンがほとんどなかった安西だったが、ファインプレーを重ね、試合中にも大きく成長を続ける桜木と流川の姿に頭を押さえ、人目をはばからずにプルプル震え出す。過去に突出した才能を見出すも、その才能を開花できずに他界した教え子・谷沢龍二に「おい…見てるか谷沢 お前を超える逸材がここにいるのだ…!!」と語りかけるシーンは鳥肌が立つ。
バスケ歴3ヵ月の桜木にジャンプシュートを教える個別練習では、「オヤジの道楽につきあっているわけにはいかねーんだよ」という桜木の言葉に、「日一日と…成長が はっきり見てとれる この上もない楽しみだ」と認める発言も。安西にとってバスケットの監督は、仕事ではなく趣味に近い感覚なのかもしれない。
表面的には穏やかで落ち着いた印象が目立つが、内面はあまりにも熱い。滅多なことでは出さないからこそ、ここぞという場面で見せる情熱がより強調される。そんな安西を湘北の部員たちが慕っている(三井は崇拝に近い)のは、要所でしか見せない彼の情熱を知っているからだろう。
物言わずに育成するのは、口を出しながら育成するよりもはるかに難しい。だが、安西は「ホッホッホ」などと笑いながら神業のようなことをやってのける。正直、白髪鬼は怖すぎるが、白髪仏であれば頭を下げてでも学びたいと思わせられる名将だ。
原作の井上は、連載終了後も年齢を重ねたことで視点が増えたと語っている。「こいつはこんなヤツだったのか、こんなことがあったのかと、いろいろな視点が浮かんで、その度にメモが少しずつ増えていきました」と明かし、新作映画では「30年前には見えなかった視点もあれば、連載中からあったけどその時には描けなかった視点もあります」という。
新作映画に、ここで紹介した3人の監督全員が登場するかどうかは現時点で不明。先日公開されたポスターでは、桜木がエア・ジョーダン1(原作では全国大会からシューズが変わる)を履いていることから、安西以外の名監督2人が登場する可能性は低いかもしれないが、新たな視点で描かれる安西監督の姿はぜひ見てみたいものである。(文・二タ子一)
映画『THE FIRST SLAM DUNK』は、12月3日より公開。