『あんぱん』“いせたくや”を好演 ミセス大森元貴が示した表現の可能性
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一方で、長回しのシーンや内面的な心理描写では、演技経験の差が表れる場面もあった。本人も台詞量が多い場面では不安を感じていたと語っている。
ただし、これらは経験によって補える技術的な側面だ。注目すべきは、大森が持つ音楽的身体性が、従来とは異なる演技表現の可能性を示唆している点だ。
作曲家・いずみたくをモデルにした「いせたくや」を演じるにあたり、大森は表面的な模倣に留まらず、その人物の内面性を音楽的感性で解釈し、独自の表現へと昇華させた。大森の「音楽的身体」は、朝ドラという枠組みの中で、これまでとは異なる時間感覚をもたらした。歌と歌の合間にある瞬間を演技に取り入れる――そうした表現は、視聴者に新鮮な印象を与えた。
「聴く力」「間の感覚」「アンサンブルの精神」、そして「コミュニケーション能力」といった、音楽活動やメディア出演で培われた要素は、演技においても有効に機能した。大森の演技は、演技経験を段階的に積み重ねる従来の俳優の道筋とは異なる経路から生まれた、独自の質感を持っていた。
朝ドラという長い歴史を持つ枠組みの中で、このような実験的なキャスティングが行われたことは、制作側の柔軟な姿勢を示している。単なる話題作りを超えて、表現の多様性について考える機会となった。
北村匠海、高橋文哉との3人で作り上げた場面のように、異なる背景を持つ表現者たちが、それぞれの経験を活かしながら一つの作品を作り上げる――そうした化学反応が、表現の世界をより豊かにしていく。
音楽、演技、バラエティと、複数のメディアを横断しながら表現を続ける大森元貴。『あんぱん』は、そんな現代的な表現者の可能性を静かに、しかし確実に示した作品だった。大森元貴の『あんぱん』出演は、異なる表現ジャンルが交差する地点に新たな可能性があることを示した事例として、これからも参照されることになるだろう。
(文・田幸和歌子)
『あんぱん』特別編第3回「男たちの行進曲」は、NHK総合にて10月1日23時放送。
※1 「あんぱん」Mrs. GREEN APPLEの大森元貴が作曲家役で朝ドラに初出演! 嵩(北村匠海)とともに名曲を生み出す(ステラnet、2025‐03‐13)
https://www.steranet.jp/articles/-/4200
(参照 2025‐10‐01)
※2 Mrs. GREEN APPLE大森元貴、朝ドラ『あんぱん』役作りで5~6キロ増量 体形トレーニングで調整「次なる希望に見えるのかなと」(ORICON NEWS、2025‐09‐10)
https://www.oricon.co.jp/news/2405848/full/
(参照 2025‐10‐01)
※3 Mrs. GREEN APPLE大森元貴「セオリーがなくて全部独学」、朝ドラ『あんぱん』出演で初めてピアノ練習(ORICON NEWS、2025‐09‐11)
https://www.oricon.co.jp/news/2405937/full/
(参照 2025‐10‐01)
※4 「あんぱん」 大森元貴 インタビュー「匠海くんが持っているバランス感覚が、たくやと僕を支えてくれていると実感しています」(ステラnet、2025‐08‐05)
https://www.steranet.jp/articles/87934
(参照 2025‐10‐01)
※5 朝ドラ「あんぱん」ミセス大森元貴起用の理由(シネマトゥデイ、2025‐08‐04)
https://www.cinematoday.jp/news/N0150142
(参照 2025‐10‐01)
※6 「あんぱん」 大森元貴 インタビュー「いせたくやの持つ前向きなエネルギーはこの時代を象徴している」(ステラnet、2025‐08‐04)
https://www.steranet.jp/articles/87903
(参照 2025‐10‐01)