『弟の夫』野間口徹が魅せた「引き算の演技」の凄み
この発言を聞くまでもなく、多くの視聴者は、野間口徹が登場したシーンから、「もしかして?」と感じていたはずだ。決してコントやドラマの中のおねえキャラのような服装・メイクをすることも、分かりやすい仕草をすることもない。ささやかなのに、確信に近いものを感じさせたポイントは、やや柔らかな発声と物腰の柔らかさ、何より、人に接するときの丁寧さ、距離感。うっすらと、でも、明確な線が引かれ、そこには他者に踏み込まないことと同時に、「踏み込まないでほしい」意思表示が感じられた。
カトやんは、新宿に呼び出した理由について「地元では誰にも知られたくない、見られたくない」と言い、マイクに語りかける。「僕は涼くんと違って、カミングアウトする気はないの。だから、とても慎重に生きてるよ。わかるでしょ?」
同性婚が認められているカナダでさえ、リベラルな両親に育てられた環境でさえ、カミングアウトすることは非常に勇気のいることだとマイクはかつて語っていた。その一方で、「とても慎重に生きる」カトやんの背負うモノが軽くなる日はない。
大きな感情表現をせず、淡々と、眼鏡の奥にその感情を閉じ込める野間口徹の演技。そのルーツには、99年に作家・故林広志の声掛けで結成された嶋村太一、竹井亮介とのコントユニット「親族代表」の経験がある。親族代表で培ったものは、「普通の人がコントをする」コンセプトの「前に出ない」「表情を作りすぎない」、クールでシニカルな「真顔コント」と呼ばれるものだ。
コントで鍛えられた、感情を抑制した「引き算の演技」からは、笑いや悲しみ、苦しみや怒りが、むしろ強烈に伝わってくる。カトやんの静かな佇まいに、胸が苦しくなった。(文:田幸和歌子)