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カズオ・イシグロ「周りからの称賛を期待して行動してはいけない」 黒澤明の名作『生きる』から学んだこと

映画

■称賛を期待しない生き方をこの映画から学んだ

 ところでイシグロは、10代の頃に黒澤監督の『生きる』を観て、深い感銘を受けたそうだが、68歳となった今もしっかりと心に刻み込まれた教えがあるという。「表面的には、年嵩(としかさ)の主人公が死にゆく物語ではありますが、10代の私にも物凄く響くものがありましたし、自分だけでなく同世代の多くの若者たちも影響を受けていたと思います。この映画が発するメッセージは、私が思うに、周りの人たちが称賛してくれることを期待しながら行動を起こしてはいけない、ということだと思うんですよね」と言葉にも熱が入る。

(C)Number 9 Films Living Limited
 さらにイシグロは、「一生懸命に努力を重ねて結果を出したとしても、それを他人が認めてくれないかもしれないし、ほかの人の手柄になるかもしれない。もしかしたら感謝されてもすぐに忘れられるかもしれない。つまり、称賛を求めることをモチベーションにしてはいけないということを私はこの映画から学んだのです。『正しいと思うことを、いいカタチで成し遂げることができた』という自分の中の達成感こそが大切なのだと。運よく私は成功を手にし、ノーベル賞までいただきましたが、その生き方は今も変わりません」と持論を述べた。

■製作前からイメージしていた“小津ミーツ黒澤”

 ここまでの言動だけでも、イシグロの映画『生きる』に対する思いがヒシヒシと伝わってくるが、新たに映画化された本作には、どこか小津安二郎監督の匂いも漂ってくる。小津映画といえば笠智衆。そう、ビル・ナイの佇まいに笠智衆を感じてしまうのだ。これに対してイシグロは、「実はこの映画を製作する前から、『小津ミーツ黒澤』という発想は、なんとなく頭の中にあったんです。たぶん、オリジナルも志村喬ではなく笠智衆が演じていたら、全く違った作品になったんじゃないか」と思いを巡らせる。

(C)Number 9 Films Living Limited
 「スリラーやサムライものが多い黒澤監督のキャリアの中で、『生きる』はちょっと異質ですよね。どちらかといえば、小津監督や成瀬巳喜男監督が手がけた庶民劇に近いスタイル。だから、この題材を『もしも小津監督(あるいは成瀬監督)が作ったら、きっとこんな作風になっていたんじゃないか』というイメージをカタチにしたのがこの映画だと言えるかもしれません」と発想の裏側を明かす。「そして、この映画の扉を開けてくれるのがビル。彼は完全に笠智衆側ですよね。俳優として高い技術を持っていて、それを行使しながら演技をしているのに、観客は全く気付かない。ほぼ何もしていないように観えるのに、物凄くたくさんの感情を表現しているんですよね」と手放しで絶賛した。

 惜しく候補入りしていたアカデミー賞脚色賞、ならびに主演男優賞は逃したが、黒澤版とはまた違った作風で、人々の心に『生きる』ことの意味を問いかける本作。穏やかだけれどエモーショナルな時間がスクリーンに刻まれる。(取材・文:坂田正樹)

 映画『生きる LIVING』は、3月31日より公開。

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