<第95回アカデミー賞>『エブエブ』快挙で新たな風 胸を打つスピーチも多数登場
日本時間3月13日に開催された第95回アカデミー賞授賞式。各映画賞で旋風を巻き起こしている『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称『エブエブ』)が、7冠(作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞、編集賞)に輝く強さを発揮した。
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日本でも人気のスタジオA24は、『エブエブ』に加えて『ザ・ホエール』のブレンダン・フレイザーが主演男優賞に選ばれ、主要部門を独占。そして、Netflix映画『西部戦線異状なし』が撮影賞、美術賞、作曲賞、国際長編映画賞の4冠を獲得した。2012年に設立した比較的若いスタジオであるA24と動画配信サービスのNetflixの躍進という意味では、新たな風を感じる受賞結果といえるだろう。
上記を踏まえて今回のアカデミー賞を一言で総括するなら、『エブエブ』にちなみ「開眼」といえるかもしれない。授賞式の場で最大といってもいい歓声を浴びたのは、ミシェル・ヨーが主演女優賞に選ばれた瞬間だった。アジア系の俳優がオスカーの主演賞を獲得するのは、男女を問わず史上初とのこと。ヨーは受賞スピーチの場でトロフィーを掲げ、次世代に向けて「これは皆さんの希望の証。夢は実現します」、そして「年齢なんて関係ない」と力強く語った。
そして、1992年の映画『原始のマン』の共演者でもあるブレンダン・フレイザーとキー・ホイ・クァン。『ハムナプトラ』や『グーニーズ』『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』等、日本の映画ファンにも知られた存在の彼らだが、ここまでのキャリアは決して順風満帆とはいえなかった。フレイザーはセクシャルハラスメントの被害に伴ううつ病に苛まれ、クァンはハリウッドの“人種の壁”に苦しみ、長らく雌伏の時を過ごしただけに、今回の受賞は特別な意味を持つ。クァンは壇上で涙ながらに「夢をあきらめないで」と訴え、フレイザーは現実味が湧かない様子で「マルチバースの世界ってこういうものか」と語った。この発言は『エブエブ』にかけたものだが、ここまでの大逆転は本人も予想しえなかったのではないか。
そして、「アクションやコメディといった作品は映画賞を獲れない」といったある種の“定説”を打ち壊したという意味でも、今回のアカデミー賞は印象深い。『エブエブ』の監督コンビ、ダニエルズは「これは“普通”ではない。とてつもない状況」と語ったが、死体を使ってサバイバル生活を送る“ごった煮”映画『スイス・アーミー・マン』等を手掛けてきた彼らがアカデミー賞の監督賞、そして作品賞に輝いたことで今後のアカデミー賞の選考に大きな影響を与えるはずだ。
ふたりは「現実に物語が追い付いていないように感じることもある」「自分はインポスター症候群(自身を過小評価してしまう)」と創作者としての悩みを打ち明けながらも、今回の受賞を受けて「一人ひとりの人間は偉大な存在になりうる」と述べ、誰もがヒーローになれる映画の大いなる可能性を示した。そして助演女優賞に輝いたジェイミー・リー・カーティス。彼女は『ハロウィン』や『トゥルーライズ』等、「評価されにくい」と言われるホラーやアクション、コメディのジャンルで存在感を発揮してきた人物。アカデミー賞ノミネート経験を持つ父トニー・カーティス(『手錠のまゝの脱獄』)と母ジャネット・リー(『サイコ』)に向けて「受賞したよ!」とメッセージを送った姿も、記憶に残るものだった。
このカーティスのスピーチが象徴するように、受賞者の家族たちへの感謝の言葉もまた、今回のトピックといえるかもしれない。ダニエルズは「世界の母親にささげたい。天才は自分たちのように登壇する人間だけではない。たくさんの人がいる。クリエイティビティの自由を教えてくれた人々に感謝したい」と語り、フレイザーはこれまでの自身の状態を「潜水しているようなもの」と語り、「上の方からきちんと見てくれていた」家族をはじめ、多くの支えがあってこそだと述べた。母親への愛情を熱弁したヨーの「親たちはスーパーヒーロー」という言葉も、これらに付随するものだろう。
自身に非のない“受難”によってキャリアを思うように築けなかった面々が、支え続け、引っ張り上げてくれた存在によって世界最高峰の映画賞で認められるまでの歩み――映画以上に劇的な人生と、未来を切り開く“夢”の大切さを感じさせる授賞式であった。今回、栄誉に輝いた面々が先駆者となり、さらに多様な才能が損なわれず受容される場の発展に期待したい。(文・SYO)
※本稿で引用した発言は同時通訳より引用。
【第95回アカデミー賞結果一覧】
作品賞:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
監督賞:ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』)
主演男優賞:ブレンダン・フレイザー(『ザ・ホエール』)
主演女優賞:ミシェル・ヨー(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』)
助演男優賞:キー・ホイ・クァン(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』)
助演女優賞:ジェイミー・リー・カーティス(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』)
脚本賞:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
脚色賞:『ウーマン・トーキング 私たちの選択』
撮影賞:『西部戦線異状なし』
編集賞:『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
美術賞:『西部戦線異状なし』
作曲賞:『西部戦線異状なし』
音響賞:『トップガン マーヴェリック』
歌曲賞:「ナートゥ・ナートゥ」(『RRR』)
メイク・ヘアスタイリング賞:『ザ・ホエール』
衣装デザイン賞:『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
視覚効果賞:『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』
国際長編映画賞:『西部戦線異状なし』
長編ドキュメンタリー賞:『ナワリヌイ』
短編ドキュメンタリー賞:『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』
長編アニメ映画賞:『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』
短編アニメ映画賞:『ぼく モグラ キツネ 馬』
短編実写映画賞:『An Irish Goodbye(原題)』