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〈高橋ヨシキの最狂映画列伝〉Vol.4  映画史上最大の問題作『食人族』はなぜ生まれたか、その潮流を辿る

映画

■野蛮と残酷が熱狂的に迎えられた時代

 だがここでもう一度『キング・コング』に立ち返ってみよう。『キング・コング』の主人公は映画監督で興行師でもあるカール・デナムだが、彼は現地の人々に「コング」と呼ばれる謎の生物を撮るために髑髏島へと向かう。デナムが実際にどのような映画を撮ろうとしていたのかは分からない。というのもデナムは最終的にコングを麻酔銃で眠らせてニューヨークへと持ち帰り、「地上第8の不思議」としてコングそのものを見世物として披露したからだ。デナムはしかし髑髏島で幾度となくカメラを回し、原住民の儀式や先史時代の動物の姿をフィルムに収めることに成功している(はずだ)。

 『食人族』の撮影隊はデナムと同様の命知らずで、「グリーン・インフェルノ(緑の地獄)」と呼ばれるジャングルの奥地に分け入り……そこで凶悪極まりないヤラセ映像を撮影する。デナムと異なり、『食人族』の撮影隊は原住民の反撃に出会って全員命を落とすことになるわけだが、彼らが残したフィルムの断片をモンロー博士が発見し、ニューヨークへと持ち帰ることに成功する。

映画『食人族4Kリマスター無修正完全版』より (C)F.D.Cinematografica S.r.l.1980
 なんという反転だろう! 『キング・コング』ではデナムが人跡未踏の髑髏島という「失われた世界」からコングという「野蛮の神」を「文明世界」へと持ち帰ったことでニューヨークにカタストロフがもたらされたわけだが、『食人族』では「文明人」が文明社会と隔絶したジャングルで行った「蛮行」の証拠たる映画フィルムがニューヨークへと持ち込まれる。デナムの「映画」は作られずじまいに終わり、その代わりに生きたコングが「見世物」に供された。『食人族』では問題のフィルムが廃棄処分されることが示唆されて映画が終わる。

 それは『食人族』の撮影隊が文明社会の「モラル」を土足で踏みにじったからだけではない。『食人族』の撮影隊は馬鹿ではないのでエキゾチズムが「野蛮」をエンターテインメント化するものである、ということを十分すぎるほど分かっていた。彼らが原住民相手に目を覆わんばかりの蛮行に及ぶのは、それを「エキゾチズム」というパッケージにくるむことで、エンターテインメントとしての価値が上がると知っていたからだ。そこに傲岸不遜なコロニアリズムの発露が見られるのは当然として、映画というエンターテインメントにおいて「野蛮」がエクスプロイト(搾取)され続けてきたことを我々は既に知っているわけで、だとすれば『食人族』撮影隊の凶行は観客の喉元に突きつけられた刃でもある。

映画『食人族4Kリマスター無修正完全版』より (C)F.D.Cinematografica S.r.l.1980
 このたび4K版でリバイバル上映が決定した『食人族』のパンフに江戸木純氏も書いておられるように、「『食人族』は/サバイバル・ホラーに分類される劇映画」なのだが「当時、日本のバイヤーが求めていたのは劇映画ではなく、人や動物がたくさん殺される残酷シーン満載のショック・ドキュメンタリーだった」。ミラノの映画見本市で『食人族』の部分的な試写が行われると(本編はまだコロンビアで撮影中だった)「世界中のバイヤーたち(特に日本を含むアジア)が騒然となり、争奪戦が繰り広げられて権利料が高騰したので」プロデューサーから現場に「人も動物も、もっとどんどん殺せ!」と指示が飛んだというのである。野蛮と残酷に飢えた巨大なマーケットが『食人族』の受け皿だった。

 『食人族』の撮影クルーの紅一点は「フェイ(Faye)」という。綴りは異なるが、『キング・コング』のヒロイン、アン・ダロウを演じたのは元祖スクリーミング・クイーンとしてその名を轟かせる「フェイ・レイ(Fay Wray)」。2017年の『キング・コング:髑髏島の巨神』には人間が串刺しになる『食人族』オマージュの場面も登場した(これは監督ジョーダン・ヴォート=ロバーツも認めている)。「野蛮」を「エンターテインメント化」する潮流は、今なお流れる映画史の地下水脈なのである。

 映画『食人族4Kリマスター無修正完全版』は、5月5日より全国公開。R18+。

<高橋ヨシキ>1969年生まれ。早稲田大学第一文学部中退・復学のち除籍。雑誌、テレビ、ラジオ、インターネットなどメディアを横断して映画評論活動を展開。著書に、『悪魔が憐れむ歌』(洋泉社)シリーズ、『高橋ヨシキのシネマストリップ』(スモール出版)シリーズ、『暗黒ディズニー入門』(コア新書)、『高橋ヨシキのサタニック人生相談』(スモール出版)など。映画『激怒』(2022年)で長編監督デビュー。

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