『火垂るの墓』節子を演じたのは5歳の天才少女 耳に残る名セリフの誕生

終戦記念日の今夜、『金曜ロードショー』(日本テレビ系/毎週金曜21時)で放送されるアニメ映画『火垂るの墓』。戦争末期、兄妹が過酷な現実にはかなく命を散らす姿を描いた高畑勲の名作アニメである。本作の中で強く記憶に残るのが、4歳の節子の声だ。節子を演じたのは、当時わずか5歳、声優史上最年少の天才少女だった。本記事では、その少女がどのようにして「節子」になったのか、そして監督や共演者が語る当時のエピソードを紹介する。
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■オーディションテープから見つけた“節子”
節子を演じたのは、当時5歳の白石綾乃ちゃん。14歳の兄・清太と4歳の妹・節子を同世代の子どもに演じてもらうことで、自然に作品の世界へ入り込んでほしいという意図でキャスティングされた。
大阪から届いたオーディションテープを聴く中で、ほんの数言を発した綾乃ちゃんの声に“節子だ”と直感したという高畑勲監督は、「まるでまぎれこんだように、ほんものの節子の声が聞こえて来たのです」と語り、その出会いを「すばらしい幸運」と振り返っている。
1982年生まれの綾乃ちゃんは、当時アクタープロに所属。大人が演じることが多かったアニメーションにおいて、5歳での声優は史上最年少であったと当時の資料に記されている。
まだ文字が読めない綾乃ちゃんのため、収録は先に声を録り、その後絵を合わせる「プレスコ方式」が綾乃ちゃんだけに採用された。セリフを指導したのはマネージャーでボイストレーナーでもある伊藤保夫氏。高畑監督からの細かな要望も、伊藤さんが綾乃ちゃんに丁寧に伝えていく。「兄ちゃんこわい」というセリフでは「怪獣が来た感じや。助けを求めるのや」と伊藤さんにしがみつかせながら言わせたという。
収録は2日間、朝10時から夕方18時半までというハードスケジュール。同じセリフを何度も繰り返す過酷さに、時折涙ぐみ、マイクの前から姿を消すこともあった。そんな綾乃ちゃんの遊び相手となったのが、清太役を演じた15歳の辰巳努くんである。自分の収録はまだだったが、勉強を兼ねてスタジオ入りし、休憩時間には本当の兄妹のようにじゃれ合って綾乃ちゃんの疲れを癒した。努くんは、自身の収録後に綾乃ちゃんの声について「あの子の声のおかげでだいぶやりやすかった」「あの子の声やから、最後の節子が死にそうになるところで、思わず素直にセリフが出てしまったのかもしれません」と語っている。
お菓子やお絵描きで気分転換をはさみながら、最後まで収録をやり切った綾乃ちゃん。「お兄ちゃん!!」というセリフは32回目でやっとOKが出たという。「行かんといて、行かんといて」と節子が泣きじゃくるシーンでは、本当に涙を流す熱演を見せた。ほほえましい逸話として、「注射いやや」というセリフの指導で、「注射痛いからいややろ。痛いの嫌やという気持ちで言うてみ」と促された綾乃ちゃんが「うち注射好きやもん」と答え、大人たちを爆笑させたと、新潮社の村瀬拓男氏が明かしている。
■「なんで蛍、すぐ死んでしまうん」「兄ちゃん、おおきに…」
まるで本当の節子がそこにいるかのような、感情豊かな声は観る者の心に深く届く。久しく『火垂る墓』を観ていない人でも、節子のセリフを覚えている人は多いだろう。「なんで蛍、すぐ死んでしまうん」「兄ちゃん、おおきに…」。
綾乃ちゃんの収録から数ヵ月後に行われたアフレコに立ち会った映画評論家の野村正昭は、「それにしても、節子の声のすばらしさには圧倒されるしかない。これを本当に5歳の女の子が演じきったのかと思うと、思わずため息が出てしまう。『にいちゃん!』というたった一声の中に、無限の情感が込められていて、それだけでいたたまれないような気分におそわれてしまう」と評している。
4歳の声を同年代が演じるという例のない試み。綾乃ちゃんの声を発見した時、この夢が現実になりそうだと有頂天になったという高畑監督は、プレスコを振り返って「あのとき、綾乃ちゃんは節子でした。綾乃ちゃんと節子を、演じる者とその役、というようにきりはなして考えることはどうしてもできないのです」と語っている。