『風立ちぬ』冒頭で明かされるヒロインの結末 ジブリの難解作に込めた宮崎駿の真意とは
宮崎駿監督が手掛けたアニメ映画『風立ちぬ』が、今夜の『金曜ロードショー』(日本テレビ系/毎週金曜21時)で放送される。ジブリの長編アニメ映画初となる“実在の人物”をモチーフにした物語が多くの視聴者の胸を打った感動巨編である一方、説明が極端に少なく物語が淡々と進むため、作品の真意を深く理解することが難しい内容でもある。そこで本稿では、宮崎監督の言葉を元に、知っていれば少し違った視点で作品を楽しめるかもしれないポイントを掘り下げていく。(以下ネタバレを含みます。ご了承のうえ、お読みください)
【写真】二郎と菜穂子、高原の口づけ 「スタジオジブリ作品」海外版ポスター
本作は、戦争へと突入する激動の日本を舞台に、1人の航空機設計者の少年から青年期を追う物語。零戦の設計者として知られる実在の人物・堀越二郎氏に小説家・堀辰雄の小説『風立ちぬ』のエッセンスを加えた主人公“堀越二郎”が飛行機の設計に情熱を注ぎ、愛する女性・里見菜穂子と共に生きる様子を大胆な空想を交えて描く。
■キャラクターが能動的に描かれない理由「本当になんかやろうとする人間はね、でかい声で叫ばない」
主人公・堀越二郎は近眼のためパイロットになることはかなわなかったが、夢の中でカプローニという憧れの設計者と出会ったことで、飛行機の設計を志していく。誠実さがにじみ出る人柄を見せる一方、設計者になってからは戦闘機、つまり戦争のための道具を作ることになる彼が、その手を止めることを決してしなかった。二郎が何を考えていたのか、その真意が作中で語られることはない。
映画『風立ちぬ』より 写真提供:AFLO
これは、その時々で視聴者に作品を説明するような“お約束”とも言えるセリフが少ないため、二郎が真に何を考えているのかくみ取りづらくなっている。加えて、夢と現実を行き来したり、時代がいきなり数年後に飛ぶような複雑な構成も作品の難度を上げている。
二郎について、作品の公式サイトで公開されている企画書に「自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない」との宮崎監督のメッセージが記されている。
この言葉を補足するような内容として、インタビュー集『続・風の帰る場所』(ロッキング・オン刊)で、宮崎監督は「堀越二郎は職業人ですから、飛行機を作りたいんですよ。(中略)これを作れって言われたら、やっぱりいい飛行機を作ろうって思っちゃう。そのほうが僕は普通だと僕は思います」と語っている。
さらに、「たとえば主人公を能動的にしてね、『よし、僕はやるぞ!』とか言って設計事務所に入ってくるような人間にしたら、そんなのちゃんちゃらおかしくてね、堀越二郎の“ほ”の字にも辿り着かない。(中略)本当になんかやろうとする人間はね、でかい声で叫ばないですよ」とコメント。キャラクターが能動的に描かれないのは、サービスに逃げず、リアルを保証しながら人物に肉薄するためだという。
■視聴者に衝撃 菜穂子の「来て」
映画『風立ちぬ』より 写真提供:AFLO
大人の恋愛が描かれているのも本作の大きな特徴で、二郎は結核を患う菜穂子と夫婦の関係になる。出会いから結婚までのお互いの真っ直ぐな気持ちに胸打たれる一方で、菜穂子が布団から二郎に「来て」と呼びかけるシーンに衝撃を受けた視聴者も少なくなかっただろう。
菜穂子の行動について、宮崎監督は「絵コンテ切ってたら、この人は『来て』って言うに違いない、と。だって、それで寿命が縮むのを覚悟して出てきているんだから」と説明。自分に残された時間が少ないと知りながら、さらに命を削ってでも愛する二郎の元へやってきた菜穂子に、「それぐらいのことをしないとどうにもなんない」とコメントしている。また、二郎から誘わなかった理由については「結核でふらふらになってる嫁さんを前にしてね、そりゃ当然だと思いますよ」と言及している。このシーンは、ただの夫婦の愛情を示すだけではない覚悟の描写だとうかがえる。