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<地獄創造>の壮絶な歩み 『マッドゴッド』“特殊効果の神”フィル・ティペット「この映画で私は死んで、再生した」

映画

■一番影響を受けた監督は、間違いなくポール・バーホーベン

――デル・トロを始め、ジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグ、ポール・バーホーベンら、多くのヒットメーカーと仕事をされてきましたが、「監督」の立場から見て特に影響を受けたのは誰ですか。

ティペット監督:間違いなくポールだ。他の監督も素晴らしいけどね。特にジョージは製作費を回収し、同時に巨大なファン層を得た。だが、ポールはそんなことに関心がない。彼は「作家」だ。どんなことがあろうとヴィジョンを追求し、激しい批判も浴びる。だが、最悪と叩かれた映画を観直すと、知的な概念と気骨を感じるね。

――その通りだと思います。

ティペット監督:誰のために映画を作るかと問われたポールは「自分のためだ」と答えた。もちろん、彼にも商売っ気はあるが、主な動機じゃない。かつてポールはインタビュアーに「あなたの映画はなぜ、セックスと暴力についてでなければならないのか」と問われ、「映画は何かについてである必要はない」と答えた。私が気に入っている言葉のひとつだ。

映画『マッドゴッド』より (C)2021 Tippett Studio
■この映画で私は死んで、再生した

――ただ、自分のやりたいことを追求するのは、同時に困難で厄介なことでもありますね。

ティペット監督:確かに『マッドゴッド』は難産だった。その制作過程は、神話学者のジョーゼフ・キャンベルが説く「英雄の旅」と同じだ。冒険を課せられ、道を選んで門を開き、森に迷って喋るカラスに案内を頼む。主人公は最後に死に、そして生まれ変わる。それが私のDNAに組み込まれた概念で、実際に自分の身に起きたことだ。映画の劇中、女性看護師の前に巨大な壁が立ち塞がる。あれと同じだ。何をすべきか分かっていても、何度も壁に阻まれる。そんなときは他のアーティストにチャネリングするんだ。

――具体的にはどんな作業ですか?

ティペット監督:例えば、最初はポップアートの先駆者ジャスパー・ジョーンズ風にしようと考える。二次元的な事物を平面に描く感じだ。だが、翌日になると、同じポップアート作家でも、ロバート・ラウシェンバーグっぽく、二次元の枠をはみ出してみようと試す。その次の日は、エドワード・キーンホルツに倣(なら)い、額縁から完全に外れて、ひとつの状況として構築してみようかと迷う。次々に異なるアプローチが浮かび、終わりがないんだ。毎日、12時間から15時間も働き、体はクタクタなのに、思考が止められない。ちょっと変だと気づき、精神科医を訪ねたら躁(そう)病だと診断された。そのうち、声が聞こえだした。誰かに話しかけられている気がして、服が体に引っかかるような不快感に悩まされた。

映画『マッドゴッド』より (C)2021 Tippett Studio
――なんとも…恐ろしいですね。

ティペット監督:結局、酒に自己治療を求めた。つまり、これが「主人公の死」だ。自覚はなかったが、私は『マッドゴッド』の迷宮に囚われていた。仕事が嫌になり、苛立ち、映画の完成どころではないのに、強迫観念のように食事も忘れて作業に没頭した。深酒のせいですぐに限界が来て、精神科の病棟に数日間入院した。回復には2ヵ月かかったよ。

――魂を削るような作業だったんですね。

ティペット監督:そして、私は再生した。なんだか宗教じみた話だね(笑)。私は作家のレイ・ブラッドベリにも強い影響を受けた。彼は1960年代、とにかく好きなことに挑めと説いた。失敗しても努力しないより遥かに優れた経験になる。恐ろしいのは失敗の傷より、後悔の呪いだとね。やがて、情熱に従うのは素晴らしいと誰もが認識するようになった。だが、情熱(パッション)には、同時に「受難」の意味もある。情熱を抱えて創造のるつぼに吸い込まれた多くの芸術家が、苦しみの受難に直面する。私にとって創作は自己犠牲に等しい。『マッドゴッド』はその記録でもあるんだよ。

映画『マッドゴッド』より (C)2021 Tippett Studio
(取材・文:山崎圭司)

 映画『マッドゴッド』は公開中。

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