杉咲花、作品を通して「世の中にアクションを起こしたい」 年齢を重ね考える俳優としての人生観
――貴瑚はさまざまな搾取をされてきた人物ですが、傷ついた人物であっても無意識的に他者を傷つけてしまう可能性があるということを本作は描いていますよね。『市子』や『楽園』など、表層的ではない人物像、つまり人物の善なる部分とそうでない部分の両面を描いた作品に杉咲さんは出演してきた印象がありますが、惹(ひ)かれるポイントなのでしょうか。
映画『52ヘルツのクジラたち』場面写真 (C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
杉咲:自分は人の欠損といいますか、完全ではないところに惹(ひ)かれる部分がある気がしています。失敗や反省は誰しもが経験することで、そのうえでどんな変化をしていくのか。そういった姿が描かれるような作品に、現実を生きる自分自身も勇気をいただくことがあるんです。
――杉咲さんが以前おっしゃっていた“見る者に気づきを与える”効果を内包している点も、重要なファクターかと感じます。
杉咲:この仕事を始めたころは、物語を娯楽として楽しんでいる感覚が強かったんです。けれど成人して選挙に参加できるようになったり、コロナ禍など社会の大きな変化を経験するなかで、自分がどんな視点で社会を見つめているか徐々に理解をしはじめて、この先自分はどのように生きていきたいかを問われている感覚が強まってきました。そうなると、なにか世の中に対してアクションを起こしたい気持ちになりますし、実際に署名などで参加することもあるのですが、変化はなかなか実感できなかったりして。それでも無力ではないことを信じて、行動し続けることの大切さをいまも感じているのですが、その他にも、自分の生活を通してたった1mmでもいいから変化のきっかけになるものを探したいと思ったときに、それはやっぱり、作品に関わることだと思ったんです。
もちろん、物語が誰かにとっての安らぎや感動、癒しであることの必要性は感じています。しかしそれと同時に、その中のたった10秒でもいいから、小骨のような引っかかりが生まれる作品に関わっていたい気持ちがあって。やっぱり、生活していると自分のすぐ近くに広がっている光景で精一杯になってしまいますし、そこから一歩出た場所のことを“外側の世界”のように他人事として捉えてしまいがちですが、映画に描かれているような、さまざまな境遇を持つ人たちも自分たちと同じように人との関係に悩んだり励まされたり、お腹を空かせたりしながら朝がやってきているはずで。そういうことに実感を抱くことが出来たなら、ほんの少しだけ世界の見え方が変わるのではないかと思うんです。
だからこそ、何よりもまず自分の生活をおろそかにしないこと、そして世の中に対して敏感であること、それを自分がどう受け止めているのか知ろうとすることが大事なのではないかと思っています。