孤高の芸人・永野、「大嫌い」な世界に足を踏み入れ見えたもの “戦い方”の変化にリンク
「恋愛リアリティショーなんて、生活に余裕がある人が見るもの」。永野はそうたかを括っていた。若者の恋愛模様を眺める時間があるなら、映画を観たり読書をしたりする方がよほど有意義だとさえ考えていた。誰しもが持つ、触れたことのないカルチャーへの食わず嫌い。しかし、その頑なな心は、MEGUMIやAK‐69の解説と共にVTRを観ていくうちに、少しずつ溶かされていく。
「一筋縄ではいかない過去を持つヤンキーたち。そんな彼らが真正面からぶつかっていく姿を見ていくうちに、この人たちの方がよっぽど気持ちがある人たちなんだな、みたいに感じて。表現は粗野なんですけれど、はっきりと物を言ったり、人に対しての思いを見ていったりしていくうちに、恋愛っていうよりは人間に惹(ひ)かれていきました」。
Netflixリアリティシリーズ「ラヴ上等」場面写真
これまで永野がイメージしていた恋リアとは、どこかスマートで、計算されたテクニックや刺さらない言葉が飛び交う世界だった。だが、「ラヴ上等」の参加者たちは違った。彼らはあまりにも生身で、不器用で、本気だった。
「恋愛リアリティショーがこれで好きになったというよりは、『ラヴ上等』が好きになったって感じです。他の恋リアを見ようとは思いませんけど。その中に恋愛が、ある要素としてある感じがして。本気だからこそ、手前のテクニックじゃない感じが刺さりましたよね」。
Netflixリアリティシリーズ「ラヴ上等」場面写真
強がっているのに脆い部分が見えるてかりん。一途に思いを寄せるタックル。誰もが人間臭く、必死に生きている。その姿に、いつしか永野は「みんな、うまくいけ」と応援している自分に気づいたという。

