渡辺謙、「壁」を乗り越えるために大切にしてきた“オープンマインド”
劇中では、まったく立場が違う人と人を結び付けたのはロクサーヌの歌だったが、渡辺が「壁」を超えるために大切にしているのが「オープンマインド」という考え方だ。
「これをやれば絶対だという方法はないですが、少なくてもこちら側からは心を開こうという気持ちではいます。そうしなければ、相手も受け入れてくれませんからね。それは海外に限ったことではない。例えばこういう取材でも、奥歯にものが挟まったような言い方はできるけれど、それでは良いコミュニケーションは取れない。常にフレキシブルかつオープンマインドでいることで、距離は縮まると思うんですよね」。
自身の前から壁を排除し、心を開き受け入れる姿勢――。しかし今回の渡辺とムーアの役柄の距離感は微妙だ。スターとファンという間柄から、恋へと発展していく。「緊張感のあるなか、お互いが持っている壁を氷解していくのですが、ただ氷を溶かせばいいわけではない。オンオフを含めコミュニケーションにはすごく気を使いました」。
ムーアについて「キャリアもパッションもある女優」と評した渡辺。互いに多くの経験を積むプロフェッショナルな俳優だが「僕は求められることにどれだけ忠実にできるかを考えています。そのうえで、求められているものを超えるサムシングはなんなのか、ということを常に意識しています」と流儀を語る。今作でいえば、ロクサーヌとホソカワの距離感をどう表現するかは、渡辺のなかでは大きな悩みどころでもあり、見せ場でもあったという。
本作や、待機作でもある『Fukushima 50』など、メッセージ性の強い作品への出演が続くが「僕のなかには出演作へのこだわりはないです。こだわってしまうと、そこで安定してしまう。すると『こいつは見なくてもいいや』と思われてしまう」と語る。常にお客さんに「次はなにをするんだろう」と期待してもらえるようにならなければいけないというのだ。
題材はこだわらない。必要なのは「作る側が作品に対してどれだけパッションを持てるか」。思いがないものは見透かされてしまう――。そんな厳しい時代のなかでもブレることなく、渡辺は熱い思いを持って作品に挑むからこそ、人は彼の演技に笑い涙し、心を動かされるのだろう。(取材・文:磯部正和 写真:ナカムラヨシノーブ)
映画『ベル・カント とらわれのアリア』は、11月15日より全国公開。