俳優も役作りに苦労 『Michael/マイケル』ボディガード、ビル・ブレイが知られざる存在なワケ
日本をはじめ、世界で大ヒット中の映画『Michael/マイケル』。“キング・オブ・ポップ”として知られるマイケル・ジャクソンが、支配的な父の元を離れ、ソロアーティストとして羽ばたいていく姿を描いた本作で、もしかすると一番重要かもしれない役どころが、マイケルの長年のボディガード、ビル・ブレイだ。あまり知られていない彼について紹介する。
【写真】“マイケル”として完全になりきるジャファー・ジャクソン
『Michael/マイケル』でケイリン・ダレル・ジョーンズが演じたビルは、マイケルが幼い頃に、父ジョセフ・ジャクソンによって引き合わされ、マイケルが成長し、父親のマネジメントから独立するまで、常に近くで見守って来た人物として描かれる。
しかし、Peopleによると、彼の人となりについては、ほとんど知られていないという。演じたケイリンは、モーション・ピクチャー・アソシエーションのオンラインマガジン「The Credits」のインタビューで、マイケルを捉えた写真や映像の多くにビルが写り込んでいるものの、彼の実像はほとんど知られておらず、役作りに苦労したとコメントしている。彼の肉声を聞くことの出来る記録は、わずか27秒のビデオ映像ただ一つだったと明かしている。
2004年のFox Newsの記事によると、ビルは1968年頃にジャクソン5を見出したモータウン・レコードで働きはじめ、1971年にはジャクソン5の警備責任者となった。「マイケルをトラブルや危険から遠ざけるため」にジョセフに雇われたといい、25年にわたりマイケルのボディガードを務めたという。記事公開当時のビルの妻ゲイルは取材に対し、「マイケルとビルは非常に親しく、マイケルにとって実の父親のような存在でした。マイケルは彼のことを、本当にそう呼んでいました。初期の頃、マイケルは公演を終えると、ステージから彼の元に走っていき、腕の中に飛び込むこともありました」と語っている。
また、1989年のRolling Stone誌では、ビルのことをマイケルの「ボディガード長であり、最も親しい側近の一人」と評し、ロサンゼルス市警察を退職後、ジャクソン5時代からマイケルの元で働いていると紹介。ビル自身はマイケルとの関係について話すことを拒否したそうだが、マイケルが病気になると医者の元へ連れて行き、ビジネスに助言したほか、彼の生活にまつわる「あらゆる安全策」を監督していたとし、「ジャクソンに近い筋によると、ブレイは彼の分身であり、父親代わりの存在で、彼の生活のあらゆる側面に関わっていた」と記されている。
マイケル自身も1988年の回顧録『ムーンウォーク マイケル・ジャクソン自伝』で、「ビルは仕事において非常に慎重でプロ意識が高いが、いつまでも悩んだりはしない。彼はどこへでも一緒に付いて来てくれ、短い旅ではスタッフは彼ひとりの時もある。ビルなしの生活は考えられない。彼は温かくて楽しく、人生を心から愛している。彼は素晴らしい男性だ」と綴っている。
しかし、前述のFox Newsの記事では、ボディガードの職を離れた後、ジャクソン家と連絡を取っておらず、経済的に困窮していた様子が伝えられている。それでも、他の関係者のように、彼が暴露本を執筆することはなかった。同記事の公開当時、マイケルは児童性的虐待の疑惑が取り沙汰されていたが、ビルは「マイケルを傷つけるようなことは何も言いたくない」とだけ述べている。
ロイター通信によると、ビルは2005年に80歳で死去。訃報はマイケルの広報を通じて発表された。声明では「長年の友人にしてメンターであり、非常に信頼の置けるアドバイザーでもあったビル・ブレイの訃報に接し、マイケルは大変悲しんでいます」とコメント。また「1990年代半ばに、公にされていない理由で仲違いした」とも触れられていた。
晩年のビルを伝えたFox Newsの記事には、メディケアや健康保険はマイケルの事務所が負担しているとあり、両者は疎遠ではあったものの、完全に断絶していたわけではなかった可能性もある。
■「父親でいてくれてありがとう」
1992年頃にマイケルがビルに宛てて書いた手紙が、2019年にオークションに出品されている。TMZによれば、マイケルは手紙にこう記していた。
「ビル、僕らは長年にわり旅を共にしてきた。コンサートツアー、要人や王族たちとの面会、世界を一周するツアーも2度したし、音楽という贈り物と愛で人々を幸せにしてきた。僕は今大人になり、真実の愛の大切さを実感している」
「ジョセフは僕に時間を全く割いてくれなかった。彼は僕のことを金儲けの手段としか見ていなかった。君も知っての通り、母は完璧な母親だったけれど、一緒に過ごす時間はなかった。僕の子ども時代は母から引き離され、ステージの上で過ごした。僕が言いたいのは、父親でいてくれてありがとうということ。あなたがいなかったら、僕はどうなっていたか分からない。愛しているよ。M.J.」

