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ホアキン・フェニックス、兄リヴァーが死去した後は家族でコスタリカに逃避行

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兄のリヴァー・フェニックスについて語ったホアキン・フェニックス
兄のリヴァー・フェニックスについて語ったホアキン・フェニックス(C)AFLO

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 1993年の10月にライブハウスの外で倒れ、23歳の若さで帰らぬ人となった俳優のリヴァー・フェニックス。同じ俳優の道を歩む弟のホアキン・フェニックスが、リヴァーが亡くなった夜のことを語った。

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 リヴァーが当時、俳優のジョニー・デップが共同経営していたナイトクラブ、ザ・ヴァイパー・ルームの外で急死したのは周知の事実だ。薬物の過剰摂取による心不全だったが、その時、彼と一緒にいて救急車を呼んだのは他ならぬホアキンだった。

 音楽活動もしていたリヴァーと姉のレイン、当時のリヴァーの恋人で女優のサマンサ・マシスと共に、ザ・ヴァイパー・ルームに行ったホアキン。当時、そこは多くのセレブの溜まり場だったが、女性誌「Vanity Fair」とのインタビューで、リヴァーやホアキンは常連ではなかったと話している。

 「典型的な事ではなかったと思う。正直な話、本当に…あの夜に兄がしたかったことではなかったと思う」とホアキン。「彼はあの直前に自作の曲をいくつか僕に演奏して聴かせてくれていた」と当時を振り返った。

 リヴァーは家族のためにコスタリカに牧場を購入したが、リヴァーの死後、フェニックス家はメディアを避けて、コスタリカに引きこもったという。ホアキンは女優のニコール・キッドマンと共演した1995年作『誘う女』で俳優復帰したが、そのオーディションを受けるためにニューヨーク入りするまで、コスタリカを出なかったという。

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