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〈高橋ヨシキの最狂映画列伝〉Vol.3 恐怖と混沌の地獄めぐり! 『ジェイコブス・ラダー』は地獄映画界のトップランナー

映画

■“肉体的苦痛”と“不気味なもの”という2種類の「地獄」

 『ジェイコブス・ラダー』の地獄表現は、クライマックスに訪れる病院の場面だけに集約されるものではない。この映画は全体が一種の「地獄めぐり」として構成されており、グロフの「意識の作図学」に含まれる「心地よく、リラクゼーションが得られる領域」はほとんど登場しない。『ジェイコブス・ラダー』は2種類の「地獄」の間で揺れ動く作品である。一つは肉体的な不快感や苦痛で、もうひとつはフロイトのいう「不気味なもの」だ。「不気味なもの」とは一般に「隠されているべきものが外に現れ出たもの」を指す言葉である。これが『ジェイコブス・ラダー』のストーリーそのものと呼応していることは重要だ。そして本作で提示される「不気味なもの」と肉体的な不快感=苦痛は、伝統的な地獄や悪魔の表象と深く結びついている。

『ジェイコブス・ラダー』(1990) 写真提供:AFLO
 『ジェイコブス・ラダー』で強烈に記憶に突き刺さる場面の一つは、高熱を出した主人公ジェイコブ(ティム・ロビンス)が恋人ジェゼベル(エリザベス・ペーニャ)と近隣住民によって、氷風呂に漬けられる場面である。これは観客のほとんどが体験したことのある高熱時の悪寒、その不快感を幾重にもブーストした恐怖体験として突きつける恐るべきシーンで、本作における「肉体的な不快感」はこのシーンで頂点に達する。ここでは炎やマグマといった伝統的な地獄表象に頼らずに灼熱と極寒という肉体的不快感の極北が表現されているわけだが、そこにダンテ『神曲』地獄篇における地獄の最深層、「コキュートス(裏切り者の地獄)」と呼ばれる氷地獄のイメージが反響していることは本作の地獄表現を考える上で重要である。

『ジェイコブス・ラダー』(1990) 写真提供:AFLO
 なお炎地獄のイメージは、ジェゼベルがジェイコブの「記憶」としての写真を集合住宅のダストシューターに捨てる場面で控えめに参照されている。余談になるが、このシーンは意識と無意識の間の領域を具体的なイメージとして描出するという意味で、後にローレンス・カスダンが『ドリームキャッチャー』(2003)で探求した非常に興味深い映画表現領域を先取りするものでもあった(もちろん、言うまでもないがそのような試みはサイレント映画時代から存在するもので、『ジェイコブス・ラダー』のそれは鮮やかではあれど新しい発明というわけではない)。

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■『ジェイコブス・ラダー』の伝統的かつ斬新な地獄表現

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