〈高橋ヨシキの最狂映画列伝〉Vol.3 恐怖と混沌の地獄めぐり! 『ジェイコブス・ラダー』は地獄映画界のトップランナー
『ジェイコブス・ラダー』の地獄表現は突出してモダンなものに見えるが、このような伝統的な地獄表象の引用はそこかしこに見られる。フランシス・ベーコンやジョエル=ピーター・ウィトキンなど、モダンアートからの引用が顕著なため、本作の地獄表現は斬新なものに見える(し、実際にそうだ)が、しかしながら「地獄」や「悪魔」の元型は伝統的なそれを逸脱するものではない。角の生えた悪魔の看護婦や、トカゲの尻尾のようなものに貫かれた女性の口から尖った牙が飛び出す場面などは巧妙にモダナイズされてはいるものの、中世やルネッサンスの絵画における悪魔・魔女表象をしっかり踏襲している。「尖った先端部」は伝統的な魔女概念と深く結びついた表象で、魔女の乳首や鼻、帽子が尖っているのはそのためだ。『ジェイコブス・ラダー』では、あたかも悪魔の性器が女性の身体を貫いて、その尖った先端が口から飛び出たように表現されているが、それもまた伝統的・歴史的な表現のヴァリエーションなのである。
『ジェイコブス・ラダー』(1990) 写真提供:AFLO
『ジェイコブス・ラダー』を優れてモダンな恐怖映画たらしめているのは、先述したベーコンやウィトキンの引用を散りばめた「不気味なもの」の表現においてである。とくにベーコンの絵画における、あたかも溶融し、分裂し、引き裂かれたような「顔」の表現を低速度撮影と特殊メイクを組み合わせることによって映像に落とし込んだことは大きい。ブルブル震えて細部が「ぶれ」に吸収されてしまったかのような「不気味な顔」の表現は、その後のホラー映画にも大きな影響を与えた。この「不気味な顔」を表現するに当たってはさまざまなテクニックが使われているが、ベーコンの絵画をそのまま立体化したかのようなマスクや、映像的な「ぶれ」をそのままフォルムに反映させた――つまり、目や鼻や口が少しずつずれた位置にいくつも浮き出ているような――造形物が瞬間的なカットのためにいくつも用意された。特殊メイクを担当したのはゴードン・J・スミス率いるFXSMITH.Incだった(ゴードン・J・スミスは『X‐メン』や『ミミック』、『戦慄の絆』などで特殊メイク・特殊効果を担当している)。
『ジェイコブス・ラダー』の特殊メイク (C)FXSMITH.Inc
「不気味なもの」を実現するためには、他にも細かいテクニックが無数に使われている。恋人ジェゼベルの顔が恐ろしげなものに変貌するカットでは、尖った小さな歯が並ぶ入れ歯と、黒目を広くして瞳孔と虹彩の区別を曖昧にした特殊なコンタクトレンズが使われている。脚本では「ノストランド・アヴェニュー駅」だった地下鉄の駅は「バーゲン・ストリート駅」に変更されている。これは「バーゲン・ストリート Bergen Street」の綴りが同時に「ベルゲン・ベルゼン強制収容所」(Bergen‐Belsen)を指し示すことと無関係ではあり得ない。「不気味な顔」が幽霊のように浮かび上がる地獄列車の表象がナチスの記憶を抜きに投入されているわけがないからだ――スピルバーグの『宇宙戦争』(2005年)の地獄列車と同じように。