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「スリラー(Thriller)」は全く別の名前だった――映画『Michael/マイケル』が描かなかった名曲誕生秘話

映画

■物語を完成させた最後の声

 「Thriller」とは、もはや単なる曲名にとどまらない。それは、怪奇とスリルをまとったひとつの世界の設計図だった。そしてその世界に、最後の仕上げを施す人物がいた。

 その人物とは、怪奇映画の名優ヴィンセント・プライスである。曲の終盤に置かれた、あの低く語りかけるようなナレーション。楽曲に決定的な深みを与えたこのパートをめぐって、レコーディングエンジニアのブルース・スウェディンが2018年に『Classic Pop』誌のインタビューで由来を明かしている。幻想と恐怖の物語に惹かれていたマイケルは、かねてエドガー・アラン・ポーを愛しており、何か尋常でないものを求めていた。そこでテンパートンに、プライスが演じるための語りを書かせたのだという。

ヴィンセント・プライス 写真提供:AFLO
 スタジオに現れたプライスは長身で、ヘッドフォンを着けて録音した経験すらなかったというが、その語りはただ一度の収録で楽曲に唯一無二の質感を刻みつけた。こうして「Thriller」は、その細部にいたるまで寸分の隙もなく形づくられたのである。

 ひとつのデモに記された「Starlight」が「Thriller」へと姿を変えた瞬間、一篇の曲の運命は決まった。いや、変わったのは曲だけではない。その一語は、アルバム全体を、そしてマイケル・ジャクソンという存在そのものを、誰も見たことのない高みへと押し上げる合図でもあった。

 何百もの候補の末に選び取られたこの言葉がなければ、私たちの知るあの世界は、まったく違った姿をしていたかもしれない。映画『Michael/マイケル』のスクリーンに、その瞬間は描かれない。けれど、いま私たちはその舞台裏を知っている。次にあの幕開けの音が鳴り響くとき、きしむ扉が開き、遠くで狼が吠えるとき――そこにはもうひとつの物語が、たしかに息づいているはずだ。

(文:高橋芳朗)

映画『Michael/マイケル』より (R), TM & (C) 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
 映画『Michael/マイケル』は公開中。

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