絶頂期に突然アメリカへ渡った大野拓朗が目指す“ハリウッドスターへの道” 来春からはLAを拠点に
2020年の夏に帰国した大野は、すぐさま福田雄一演出のミュージカル『プロデューサーズ』で主要キャストに抜てきされ、大きな反響を呼んだ。ミュージカル俳優としても存在感を発揮しながらも、今からちょうど10年前にミュージカルデビュー飾った『エリザベート』では、観客からの手厳しい感想もあったという。
「『下手くそ』という感想を耳にすることもありました。でも本当にそうだったと思いますし、なんの言い訳もできません。僕はミュージカルが大好きで、だからこそできない自分が悔しくて。『またミュージカルに出たい』という思いで、必死にボイトレを続けて陰ながらコツコツ練習をしていました。ぐん!と成長することはなかったですね。本当に1日、1日の積み重ねです。家選びをする時も、僕にとって必須になるのは防音で。1日中、歌っても大丈夫な物件を探すようにしています」とレッスンに励んだ。
「最初からうまい人には嫉妬しちゃいます。本当にうらやましい! でも僕には努力を続ける才能があると思っています」と自己分析しつつ、初ミュージカル当時と比べると「自分で言うのもなんですが、その頃と10年経った今では雲泥の差で成長できたと思っています」と清々しい表情を見せる。
今実感しているのは、「努力はきっと実を結ぶ」ということ。ミュージカル作品のオファーも増え「本当に頑張ってきてよかったなと思います」と喜びをかみ締める大野だが、その努力する才能はどのように磨いてきたのだろうか。
「僕は、自分に自信があるタイプではないので。だからこそ努力するし、頑張り続けられるんだと思います。オーディションにも何度も落ちて来ましたし、挫折ばかりの人生。でもできないままの自分でいるのも嫌だし、なんとかできるようになりたい。そういった意味では、自分に対する悔しさが僕の原動力かもしれません。あとはこの仕事が好きだからですね。まさに『好きこそものの上手なれ』で、好きだからこそ頑張れる」。
また「父親がF1のパーツを作る仕事をしていて。工場に遊びに行くと、コツコツと丁寧にものづくりをしている父の背中を見ていました。何かを積み上げていく力は、父親の影響かもしれません」と家族の影響もある様子。
「祖父は“ススキノの帝王”と呼ばれていた人で。北海道開拓の時代に、ススキノでキャバレーやクラブを経営していたそうなんです。祖母はその時の高級クラブのナンバーワンだったと(笑)。『もっと多くの人を楽しませたい、もっと面白いことをやりたい』というサービス精神が旺盛だったようで、そういったエンターテイナー気質は祖父から受け継いでいるのかもしれません。愛情深さは母親からの影響が強いし、みんなのいいところをたくさんもらうことができて、本当に幸せです」と目尻を下げていた。