中井貴一、縁のある小津安二郎役挑戦 中井家に伝わる小津イズムは「粋である」ということ

ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』(フジテレビ系/毎週月曜21時)で魅せるさすがの存在感が好評の中井貴一が、この夏挑むのが舞台『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』。自身の名付け親でもある世界的名匠・小津安二郎監督をモデルとした役で主演を務める中井に、中井家に伝わる小津イズムや、本作を通して思う昭和観などを聞いた。
【写真】いつまでも変わらない! 中井貴一、インタビュー撮りおろしショット
◆中井家に伝わる小津イズムは「粋である」ということ
映画監督・行定勲が、中井貴一に「ぜひ、小津安二郎監督の、昭和の映画界の話を演劇作品にしたい」と熱烈オファーを出したところから始まった本企画は、名匠・小津安二郎監督や小津監督作品へオマージュをささげるフィクション作品。小津監督とは家族のような親交があった中井家に伝わるエピソードや思い出を織り交ぜ、当時の古き良き映画界への思いを重ね、そこに流れていた豊かな時間を“小津調”で、演劇作品として舞台上に紡ぎ出す。
中井が小津監督をモデルとした映画監督・小田を演じる。小田を取り巻く5人の女には、中井の母がモデルとなる幸子役を芳根京子が演じるほか、柚希礼音、土居志央梨、藤谷理子、キムラ緑子と実力派キャストが顔をそろえる注目作だ。
パルコ・プロデュース 2025『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』メインビジュアル
――本作は、中井さんと行定監督らとの会話の中から生まれた企画だと伺いました。オファーを聞かれた時のお気持ちはいかがでしたか?
中井:小津先生の存在は大きすぎたので、最初はお断りしました。「僕はやれないです」と。行定さんには「小津安二郎という人の映画は残っていくけど、人物像みたいなものを含めて残していきたい」という強いお気持ちがあって。「家に残っている小津語録や小津イズムみたいなものは、分かる範囲でお話しますので、どなたかでおやりになってください」と申し上げたんですよ。でも話をしているうちに、結果やらせていただくことになりまして…まだ戸惑っています(笑)。
――実際にお稽古に入られて、役作りで気にかけている点はありますか?
中井:フィクションなので、そこは割り切ってやっています。が、ところどころフィクションとノンフィクションの要素も混じっているので、演じていて混乱するところもありますね。
僕は父を早くに亡くしたので父のことをよく知らないのですが、周りから「お父様って素敵ねー」と俳優・佐田啓二のイメージで話をされることが多かったんです。なので、あまり実感がなかったのですが、19歳で映画界に入り、初めて松竹の撮影所に行った時に、当時はまだ父や小津先生の世代のスタッフさんでご存命の方が多くて、楽屋を訪ねてきてくださったんですね。
そのとき「お父さんと飲みに行ってさ」とか、「お父さんがサングラス、マスク、マフラーして出かけようとしてたのよ。『佐田さん、そのほうが目立ちますよ』って言ったんだけど、あれはコレ(小指を上げる)だね」とか、そういう話を聞きまして(笑)。そのとき僕は、父の肌感みたいなものがスタッフさんの話を通して伝わってきたところがあって、すごくうれしかったんですね。
なので今回、小津先生の映画の話だけではない女の人の話など、「ちょっとこれを知れたらうれしいだろうな」という、神格化されていない、人間・小津安二郎みたいなのものをお伝えできたらいいなと思っています。僕が死んで上に行って小津先生に会ったら、きっとものすごく怒られる(笑)。でも、失礼のないよう、下品じゃないようにやらせていただきたいと思っています。
――中井家に伝わる小津イズムも、作品に織り込まれていると伺いました。
中井:個々にはいろんなものがあるんですけど、相対的に言うと「粋である」ということです。今の時代って、資本主義社会だから当然ですが利益追求になっていって、人間の内面よりも数字で表されるものや視覚で理解できるものが優先される。でも小津先生は、目には見えないもの、人との縁だったりつながりだったり心の持ちようだったりをとても大切にされていた。
ある日、小津先生がうちの母に「うなぎを食べに行こう」と言ったそうなんです。当時は電車も便利じゃないし、先生は御酒を嗜まれるので車では行けず、タクシーを拾って行こうとなった。何千円もかかるところなので、母が「それって贅沢ですよ。うちの近所にもうなぎ屋さんはありますので取りますから」と言ったら、先生は「分かってないね」と。「贅沢はするものなんだよ。心を豊かにすることを贅沢って言うんだ。近所であまり美味しくないなと思ってうなぎを食べてごらん。それは無駄遣いって言うんだ。心を豊かにするものにお金を払うってことは、素晴らしい事なんだ。贅沢ってことを悪い言葉に使っちゃいけない。そういうことをしながら人間を豊かにしていきなさい」と。
「わざわざ行くっていう行為によって、人間はそれだけの労力を使ったことで、得ようとするものが倍にも三倍にもなる。一口食べたうなぎを『うわー!おいしい』って思うだろう。そういう気持ちが大事なんだよ」って。でも、おふくろが僕たちに贅沢をさせてくれたかっていうとそうではなかったんですが(笑)。そういうことはうちの教育の中にすごく織り込まれていたなと思います。