中井貴一、縁のある小津安二郎役挑戦 中井家に伝わる小津イズムは「粋である」ということ
――中井さんにとって、小津作品とはどんな存在ですか?
中井:先日プログラム用に演出の行定さん、脚本の鈴木聡さんと鼎談した時に、おふたりが「昔は小津作品って分かんなかったですけど、年をとってきてやっぱりいいなと思ってきた」とおっしゃっていたんです。僕、生まれて最初に観たのが小津映画なんですね。幼稚園の頃からずっと見続けていたのが小津先生の映画と、動いている父の姿を求めて観に行っていた昭和の映画。だから、小津安二郎の映画が「映画」だと思っていたんです。なので、すごく贅沢な言い方なんですが、知らぬ間に小津映画が僕の基準になってしまっていたんです。皆さんが年をとって分かるようになってきたっていうものが、僕の場合はちょっと違っていたんです。
もちろん小津安二郎の作品がすべてだとは思っていないし、映画が好きだからいろいろ観ますけど、僕が最終的に目指しているのは小津先生に演出をつけてもらうことなんです。今回の作品では“小津調”で芝居をするので、小津先生を知らないお客様は「なんであんな棒読みなんだろう?」って思われる方もいらっしゃるかもしれない。でも僕は最終的に全部棒読みにしたいと思って俳優を続けてきているんですね。未熟で何もできない棒読みと、いろいろなことができるようになったうえでの棒読みはやっぱり違うと思うんです。今自分がやっていることは、とにかくいろんなことができるように勉強する。最終的に65歳を過ぎたくらいにまだ役者をしていれば、それまで学んできたことすべてを捨てるという作業に到達したいというのが目標ではありますね。あと2年くらいですけど(笑)。
パルコ・プロデュース 2025『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』公演ビジュアル
――今回の作品には、どんな思いを込めたいと思われていますか?
中井:この作品の中で皆さんに役立つ何かがお伝えできるかは自分では分からないですけど、僕は「余裕」というものを大切に考えています。エンターテイメントの世界だけではなく、今の社会全体で余裕があまりなくなってしまっている。効率優先ということになってくれば、当然人間もギスギスすることが分かっていて、そのことが分かっているのにそこに進まなきゃいけない人間たちがいる。
今回の作品は昭和の話じゃないですか。みなさんいろいろ言われますけど、僕は昭和に生まれて本当に良かったなと思うんです。負の遺産もたくさんあるんだけれど、それがなにか人間と共通している感じがするというか、昭和って人間ぽいんですよね。いいことばっかりじゃなく、悪いこともあったし失敗もした。でもなんか面白かったねって言える。
今回の作品を通しても、神格化されている男でも女性の前では振り回されるんだと、この作品の中に人間の余裕みたいなものを感じていただいたり、「粋」ってものだったりを感じていただければいいなと思います。