小野賢章、ハリー・ポッターは親戚のような存在 年齢を重ねた今だからチャレンジできる奇跡の再会に感慨

――声だけで演じることと、全身を使って演じることの違いについてはいかがですか?
小野:本当に違いますね。そもそも吹替をしたのが一回り以上前のことなので、今回その感覚を思い出して演じようとはまったく考えていません。例えば呪文や「ドラゴン」「ハーマイオニー」の呼び方といった、固有名詞やキャラクターの名前の言い方は、映画をトレースできる部分はありますが、それ以外はハリーが生きている環境も違いますし、年齢も違うので、昔を追うのではなく、今の自分が演じられるハリーを立ち上げていきたいと思っています。
――『黒子のバスケ』の黒子テツヤ役も、アニメの吹替と舞台の両方に出演されていましたよね。そのときは、どのように考えて演じていたのですか?
小野:最初は違和感しかなかったです。やっぱりほかのキャラクターを演じる人が違うので、「アニメはこうだったけど…」と感じてしまうことがどうしてもあって。初演のときは、アニメ版と舞台版のギャップに悩むことがありました。
――そうすると、今回は19年後を描いているからこそ、改めてハリーを作り上げることができるということなのでしょうか。
小野:そうですね。「映画とちょっと違うな」ということはまったく考えていないです。『黒子のバスケ』はタイムリーに演じていたこともありますし、(黒子テツヤよりも)年齢が僕の方が上だったので表現として実現できる部分が多かったのもあると思います。

――キャラクターを深く理解できているからこそ、すんなりと入っていけるのではないかと思うのですが。
小野:僕は役を演じる上で、初めて対面したときのビジュアルから「こういう声が出るのかな」と感じたことを大事にしているんですよ。なので、舞台で演じるときも、第一印象の通りにそのキャラクターとしていられるかどうかを考えます。舞台は稽古期間もたくさんあるので、役へのアプローチや理解はその中で深めていけばいいと思っていて、理解できているかどうかについては、これまであまり心配したことはありません。
ただ、今回のハリー・ポッターは自分の中では未知なことばかりです。父親になったこともないですし、自分の実年齢よりも(役の年齢の方が)上です。だからまず、自分が三児の父に見えるのかという点が引っかかるポイントでした(笑)。観劇したときに、自分が演じることはないと思ったのも、まさにそうした理由で、自分では若過ぎると感じていたんです。いくら吹替を担当していたとしても、この舞台版のハリーには見えないだろうと。どう頑張っても表現できない壁が存在すると思っていたので、慎重ではありました。
とはいえ、先ほども話しましたが、やっぱり僕の中では、ラストイヤーということが大きくて。これを逃してしまうと、舞台版のハリーを演じる機会は、もしかしたら一生ないかもしれないと思ったんです。まだ不安はありますが、しっかりと向き合っていきたいと思います。

