シニフィエ・小野晃太朗、新作では“現代の悪”を再考 舞台『百合鴎』インタビュー
――ご自身の実感と対峙しながら、社会や世界で起きていることを見つめる。新作『百合鴎』を拝読し、改めて小野さんの作品にはそうした眼差しが通底していると感じました。シニフィエにとっては2年ぶりの長編新作であり、新たに始まる「すみだ五彩の芸術祭」の参加作品でもありますが、どんなところから着想を得たのでしょう?
小野:「墨田区の文化資源に関連した内容」という規定に則すとなった時に、松岡さんから「隅田川ものの古典の翻案はどうか」と聞かれたのが最初のきっかけでした。もともと川が好きで、建築と土木と言語表現の関連プログラムを受けたり、映像作品を作ったりもしていたので、「川」というモチーフはしっくりくるところがあったんです。
東北で育った幼少期から身近に川があったし、今住んでいる場所の近くの石神井川も隅田川につながっていたりするんですけど、能動的に調べないと分からないこともたくさんあって……。町を歩き、土地を身体で測ったり、体験してきた実感を言葉と上演で結びつける。そうしたことを試せるタイミングがあったらいいなと思っていましたし、翻案もいつかやりたいと思っていたので、今までやろうと思っていたけど実現しなかったことが詰まった作品になった気がしています。
最初は、筋があるからアダプテーションがいいかなと思ったのですが、結果的には能の『隅田川』、歌舞伎の『隅田川続俤』と『都鳥廓白浪』の3本を原案に束ねて、新作を書くことになりました。
――原案をもとに新作を執筆するうえではどんなことを意識されたのでしょう?
小野:やはり、能の『隅田川』には物語としての強さがあり、すごく引っ張られましたね。我が子の幻影なのか亡霊なのか、そうした正気と狂気の境目で出会う母親像を現代にスライドさせて考えた時に、子どもが行方不明になった時に親に疑いの目向けられることや、そこで遭遇する暴力性みたいなものを考えるに至ったんです。『隅田川』には着地しない別離と喪失の物語が通底していますが、行方不明となると、その人が失われたかどうかもはっきりしない、曖昧な不在の状態が続くので、喪失だけでなく、欲望と罪悪感の物語もあるのかもしれないと考えました。
あとは、もう1つのテーマとして「現代の悪について考える」というのがあり、そのあたりは歌舞伎の『隅田川続俤』と『都鳥廓白浪』から着想を得ています。どちらの作品にも、盗みや殺し、拐かしが出てくるので、そこを現代社会における闇バイトやトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)の問題と繋げて考えたりしました。

――闇バイトやトクリュウはニュースでも連日報道されている、かなり喫緊のトピックですよね。
小野:そうしたものって、自分の生活に入り込むと危険だから遠ざける心理が働く一方で、「これだったら自分にもできそう」と思いかねない危うさもあると思うんです。巧妙な入口がデザインされているというか……。あと、闇バイトの組織側の手口に業務負担の分散がされていたり、案外普通のオフィスワークみたいな考え方が存在していたりすることも恐ろしいなと思ったんです。一方で、「悪事」と「悪意」が必ずしも重ならない部分もあると思っていて、例えば会計上の処理をミスったら法に触れちゃうとか、悪意はなくても悪事になっちゃうこともある。そういう風に視点を分散させて現在性に近づけながら、「悪」を解体していきました。そして、その結果、「これは人間が人間を使う物語なのかもしれない」というところに行き着いたんです。
人が人を使うって、ネガティブな言葉に聞こえるかもしれないのですが、必ずしも悪いことばかりではないとも思っていて……。例えば、瓶の蓋を開けてもらうとか高いところにあるものを取ってもらうとか、自分ができないことについてSOSを送受信するじゃないですけど、集団での役割っていうものがあるとも思うので、ポジティブ面とネガティブ面の両面から言葉や戯曲、上演を見つめていけたらと思っています。
――翻案ではなく、新作として作品に込めた思いが伝わるお話でした。最後に、稽古場でのクリエーションやキャストの魅力についてお聞かせ下さい。
小野:俳優さんたちには助けられてばかりです。大胆に試して、ざっくりとしたアウトラインを作っていくところから共有して進んでみたら、みなさんがすごいパスを返してくれて、その中で思いもよらぬ風景が積み上がっていって……。一人ひとりのアイデアや提案も非常に鋭いので刺激を受けていますし、応答の往復が豊かに重なっていくクリエーションになっています。
物腰は柔らかな方ばかりなのですが、都度ギアを上げたパフォーマンスをしてくださるので本当にリスペクトが絶えなくて。そういう姿を見ると、つい「かっこいい!」なんて圧倒されちゃうところもあるのですが、みなさんが全力で応答してくださる分、自分も思っていることをしっかり言語化してレスポンスがしたい、と。今朝も墨田川近くの稽古場に向かう電車の中でそんなことを考えていました。
(取材・文・写真:丘田ミイ子)
シニフィエ『百合鴎』は、9月18日・19日に東京・すみだパークシアター倉にて上演。
【公演概要】
シニフィエ『百合鴎』
9月18日・19日 東京・すみだパークシアター倉
■戯曲・演出:小野晃太朗
■出演:金定和沙、菊池佳南、新田佑梨、はぎわら水雨子、原田つむぎ、藤家矢麻刀、堀夏子