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〈高橋ヨシキの最狂映画列伝〉Vol.2 サム・ライミの全てが詰まった?『XYZマーダーズ』

映画

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サム・ライミ

高橋ヨシキ

■現場は大混乱!

 『XYZマーダーズ』の現場はトラブル続きだった。自主映画とまったく違う「スタジオ映画」の現場にサム・ライミと仲間たちは戸惑い、一方でスタジオ側は予算もスケジュールもまともに管理できないライミたちに不信感を募らせた。殺人を依頼した男の奥さんを演じたルイーズ・ラサーは『XYZマーダーズ』最大の「スター」だったが(彼女はウディ・アレンの元妻で『何かいいことないか子猫チャン』『ウディ・アレンのバナナ』『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』などに出演)、彼女はメイクアップは自分でやると頑として譲らず(スタッフは彼女のメイクアップがまるで「白塗り」だと陰でささやいていた)、おまけにコカインに溺れていた。殺人鬼の一人を演じたブライオン・ジェームズ(『ブレードランナー』のレオン役で有名)も当時はひどいコカイン中毒で、撮影中に滞在先のホテルの部屋をラリッてメチャクチャに破壊した。立ち並んだドアが次々と倒れるというギャグ場面では、思ったより早く倒れたドアのプロップがもう一人の殺人鬼を演じたポール・スミスを押しつぶした(幸いにしてけがはなかった)。多数のスタッフに囲まれ、時間に追われるプロの現場でサム・ライミも疲弊していった。ようやくのことで撮影を終えたサム・ライミだったが、彼には編集のファイナル・カット権も与えられていなかった。

『XYZマーダーズ』(1985)より (C) 1985 Embassy Films Associates
 にも関わらず、完成した『XYZマーダーズ』は100%サム・ライミの作品としか言いようのないものに仕上がっている。これは驚くべきことだ。テンポ、画角、語り口、ギャグ、それにキャラクター。1980年代初頭のデトロイトで撮影しているにも関わらず、どこか1930年代〜40年代を思わせるクラシックな手触りも特筆すべきものだ。余談になるがコーエン兄弟はのちの『未来は今』(1994)で時代は違えど類似のレトロ感覚を追求し……そしてまたもや興行的に失敗した。スラップスティック同様、「レトロ映画」でヒットを狙うのもなかなかに難しいのである(その手の作品は1970年代には大いに歓迎されたが、80年代、90年代になると徐々に下火になっていった)。

■サム・ライミの“究極的作品”としての『XYZマーダーズ』

 結果、『XYZマーダーズ』はまともに劇場公開すらされず、興行は大惨敗に終わった。サム・ライミは『XYZマーダーズ』で何を成し遂げようとしたのだろうか? 究極のノンストップ・スプラッター映画『死霊のはらわた』で世に出たものの、ホラー・ジャンルに閉じ込められるのを恐れたということは確実にあるだろう。得意のある意味クラシックなスラップスティックが現代でも有効だと示したかった、ということもある。事実サム・ライミはその後のキャリアを通じて、スラップスティック愛、あるいは『三ばか大将』愛をついぞ手放すことはなかった。そして先にも書いたように、観客が笑い、驚き、スリルとサスペンスを体感できるエンターテインメントの極北に迫りたい、という気持ちが『XYZマーダーズ』を真のサム・ライミ映画たらしめている。この感覚は(現時点での)最新作『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)でもまったく変わっていない。というか、『XYZマーダーズ』の失敗で窮地に追い込まれたサム・ライミが次に放った『死霊のはらわた2』――もう一度ヒット作を作らないと映画界のキャリアが終わる、という切迫した状況が生んだ続編だ――において、『XYZマーダーズ』のテイストがそのまま継承されていることを考えるに、サム・ライミ自身が『XYZマーダーズ』の「失敗」を要素に還元していないことは明らかだ。スラップスティックもサスペンスも、『三ばか大将』ギャグの数々も、それ自体の持つ力への確信がサム・ライミの中で揺らぐことは決してなかったのである。

<高橋ヨシキ>1969年生まれ。早稲田大学第一文学部中退・復学のち除籍。雑誌、テレビ、ラジオ、インターネットなどメディアを横断して映画評論活動を展開。著書に、『悪魔が憐れむ歌』(洋泉社)シリーズ、『高橋ヨシキのシネマストリップ』(スモール出版)シリーズ、『暗黒ディズニー入門』(コア新書)、『高橋ヨシキのサタニック人生相談』(スモール出版)など。8月26日より、長編監督デビュー作『激怒』の公開が控える。

『XYZマーダーズ』Blu‐ray発売中 (C) 1985 Embassy Films Associates

『XYZマーダーズ』
BD:5280円(税込)
発売元:ニューライン
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング

3ページ(全3ページ中)

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