『SLAM DUNK』永遠の謎も 宮城リョータだけじゃない! どうしても気になる未公開エピソード
湘北をおだやかに導く名将・安西光義監督。柔和な人柄と、そのふくよかな見た目から“白髪仏(ホワイトヘアードブッダ)”とあだ名されているが、以前は大学で“白髪鬼(ホワイトヘアードデビル)”と呼ばれるほど、恐怖のスパルタ監督だった。
そんな安西が仏へと激変したきっかけは、約10年前の教え子・谷沢龍二の死がきっかけ。監督生活の最後に谷沢を日本一の選手に育てようとしたが、安西の厳しい練習に耐えかね、逃げるように渡米。そこから選手として成長しないまま、5年後に事故死してしまう。これにショックを受けた安西は、その年に大学の監督を引退している。
原作では、「谷沢にかけた夢は宙ぶらりんのまま 今なおバスケット人生にピリオドを打てないでいる」という記述があるが、ここで気になるのは「安西はなぜ湘北の監督になったのか」ということ。安西が谷沢にかけた夢は「日本一の選手を育てる」で間違いないだろう。しかし、以前の弱小湘北バスケ部にはとても日本一の選手になり得る逸材がいたとは思えない。
考えられるのは、谷沢の死をきっかけにモチベーションが下がったまま監督業を続けていたという説だ。原作では、安西監督は、主人公・桜木花道と流川が湘北に入部するまで、あまり部活に顔を出していなかったとも語られている。就任のタイミングや当時の様子などは描かれていないが、どんな指導をしていたのか。
さらにその少し前、大学バスケ界から身を引いて以降、湘北バスケ部監督就任までの期間は何をしていたのか。そして、どのように鬼が仏へと移行していったのか。さすがに翌日から「ホッホッホ」と笑っていることはないはずで、高校生と向き合うことへの決意や葛藤などもあったはず。そんな安西の変化を間近で目の当たりにしていた安西夫人の反応も含めて気になるところだ。