市毛良枝、来年デビュー55周年 “不健康なことが嫌い”な普通の子に訪れた転機とは?
――市毛さんは来年デビュー55周年を迎えられます。子どものころお昼に放送されていた、初井言榮さんと共演されたライオン奥様劇場「嫁姑シリーズ」をよく拝見していました。
市毛:ありがとうございます(笑)。55周年…、そうなんですね。本当に数字に弱くて。
――「お嫁さんにしたい女優ナンバー1」と呼ばれたりも…。
市毛:あれは私自身としては役が頂いた称号だと思っていますから。私が頂いたわけではないと気にはしてないですけど、現実の生活ではなんの役にも立たなかったです(笑)。
――長年さまざまな作品で印象的な役どころを演じてこられましたが、ターニングポイントになった作品を挙げるとすると、どの作品になりますか?
市毛:……いっぱいあるんですけど、一番大きいのは主演でやらせていただいた『間違いだらけの夫選び』(1985年/フジテレビ)でしょうか。その時にみんなで物を作る喜びみたいなものをすごく感じました。私の気持ちをほかの人が自分の気持ちとして語ったりする複層構造なドラマで、みんなで作っていくのが本当に楽しかったんですよね。
――55年の芸能生活の中で、憧れた背中はどんな方ですか?
市毛:昔は先輩だらけの中に新人が1人か2人という、今とは正反対な環境で作品作りをしていたんです。教えてくれる人だらけで、お手本になる背中ばかりでした。
だからこそずっと自信を持てなかったんですよね。こんなすごい人ばかりの中に私みたいな普通の子が紛れ込んじゃダメよねっていうのがずっとコンプレックスだったんです。すごい才能の方ばかりがいらっしゃる中にぽつんと紛れ込んでしまったので、こんな人間がいてはいけないと思いながらも、先輩たちの話が面白いからついて歩いて、いろんなことを教えてもらいました。そういう意味ではすごく幸せな時代だったと思います。
本当は私たちがそういう役割になっていかなければいけないんですけど、時代も変わってしまったし、私たちもそういうふうに育っていないので代わりができていないなと思うこともあります。
――今回の豆原さんのように、若い世代の方との共演も多いですが、離れた世代の方と共演される際に心がけていることはありますか?
市毛:年が上とか下とか考えないので、特にないんです。亡くなった大好きな先輩の佐々木すみ江さんとも20以上年が違ったと思うんですが、尊敬していますから失礼なことはしませんが、割と普通にしゃべっていました。佐々木さんもそういう感じの方だったので、「あんたさ、絶対年をごまかしてるよね」と言われたり(笑)。ほかにも登山家の田部井淳子さんに対しても、「田部井さん、そんなことしちゃダメだよ」とか言ってましたね。
そういうタイプなので、若い人とも比較的こんな感じで接しています。ある女優さんには彼女が若いころから「市毛ちゃん」と呼ばれているのですが、当時のマネジャーが「市毛さん的にOKなのは分かりますけど、彼女は対外的にまずいんじゃないですか?」と言ったこともあります。外国人がファーストネームで呼び合うみたいな感覚のほうが近いんですよね。
――ずっと変わらぬかわいらしさや美しさを保たれている市毛さんですが、こだわられていることはありますか?
市毛:全然そんなことないんですけど、おかげさまで自由にやらせてもらってますから。こだわりはないですが、不健康なことが嫌いなんです。健康的になりたいというよりも、不健康が嫌い。私の若い頃って芸能人はみんな不健康なことが好きだったんですね(笑)。タバコも吸わない、お酒も飲まない、だからお前はダメなんだって怒られて。だから芝居が下手なんだとすごく言われて、「そうなんだな。タバコ吸ったら芝居が上手くなるのか」と一本もらって吸ったりしましたけど、「やっぱり嫌だな、いらないな」って。そうしたらいつの間にかタバコを吸っちゃいけない世の中になって、健全が普通になった。健全な人には居心地が悪い世界だったのに変わってしまって、その変化に驚いています。
――俳優というお仕事は市毛さんにとってどんなものでしょうか?
市毛:俳優という仕事を一生のものにしようと思ったことは一度もないです。ちっとも上手くならないから辞めなきゃな、もうちょっと目鼻が付いたら辞めようかなと思っていたら、20年、30年と経って、いつの間にかベテランなんて呼ばれるようになってしまって。
自分の中では“映るスタッフ”だという認識ですね。表にバンと打って出るタイプではない。でもスタッフさんの思いを私が代わりに体現して届けるということに関しては、任かもしれないと。スタッフの気持ちを映す立場としてやれるようになって少し楽になった感じがします。
高峰秀子さんもご著書の中で「私たちはたまたま映ってるだけ」と言っていらして、「わかるわ~」と思いました。こんな大女優がそう思ってるんだから、私が思ってもいいよねと思っています。
――映画の中で文子さんは新しいチャレンジをしていきます。市毛さんは今後、どんなことに挑戦してみたいですか?
市毛:目標を立てて何かやることはないんですけど、いま面白いと思っていることを進んでいく中でなにか違うことに出会えたらいいなと思っております。新しいことを知っていくこと、変化していくことが大好きなんですよね。なので、高齢者を年齢で閉じこめようとする今の世の中の圧力がすごくイヤです。「ごめんなさい、そこには乗りません」と思いながら、日々を過ごして新しいことを見つけていきたいです。
(取材・文:佐藤鷹飛 写真:高野広美)
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