ブレンダン・フレイザーが語る“レンタル家族”の意義とジレンマーーオスカー後初作品で感じた映画が持つ「癒しの力」
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――劇中、フィリップが「外人」と呼ばれるシーンがあります。「外人」という単語がそのままセリフに使われていること、その言葉の印象について感じたことを教えてください。
ブレンダン:確かに、フィリップは“どこか別の場所”から来た人です。それは事実であり、公然の事実です。そして彼は、自分にとってなじみのない場所で暮らす人々にとって“見知らぬ人間”であるため、歓迎されているのか、それとも形式的に歓迎されているだけなのかわからない。わざとマナーや儀礼を無視して、「相手を不快にさせるような存在なのかもしれない」というスティグマ(偏見)を向けられていると感じます。
映画『レンタル・ファミリー』場面写真 (C)2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
さて、ここで映画の真の主役である美亜を演じた、シャノン自身の話をさせてください。父親がアイルランド人、母親が日本人の彼女は「自分が中間にいる」と感じています。そして、私たちが互いについて言い合うことがどれほど有害で、誰かを傷つける行為であることを理解しています。それは、彼女が公共の場で大人たちが彼女について日本語で話しているのを聞いた経験があるからです。話している相手はシャノンが理解していないと思っているけど、日本で生まれた彼女は内容を完全に理解している。そして、「私の見た目や髪型、行動についてあなたが言ったことを理解している」と相手に言うべきかどうか、と葛藤を抱えています。彼女はその葛藤を抱える気持ちがどんなものか、幼いながらに知っているんです。
――ゴーマン シャノン 眞陽の名前が挙がりました。本作は彼女の俳優デビュー作となります。彼女との共演はどうでしたか?
ブレンダン:彼女には才能があります。それはこの映画を観れば一目瞭然だと思います。彼女の演技にはすべてが自然に備わっていて、まるで“瓶に閉じ込めた稲妻”のようでした。実際、HIKARIと私は彼女とのリハーサルを止めたんです。もうすでに完成されているから。「ロッカールームではなく、フィールドで試合をしなさい」ということです。彼女は常に結果を出す、生まれつきのパフォーマーで、「作り、信じる」ということの繊細さとニュアンス、そしてただ自分でいることの意味を理解している。そして、そんな若い年齢でそれを映画の演技で表現するのは稀なことです。
映画『レンタル・ファミリー』場面写真 (C)2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
そんな彼女は、僕にとって、厳しい現実に直面したときの“無垢”の象徴でした。撮影時から少しずつ大人の女性になりつつあり、現在12歳です。早すぎる成長を止めるために頭にレンガを置きたいと思ったことすらあります(笑)。彼女の旅がどこに向かうのかは誰にもわかりません。ただ、僕は彼女には良い未来が待っていると信じています。
■映画が持つ癒しの力を体感
――本作では東京の街に漂う「孤独」も見事に描かれていました。この映画を通じて“孤独”についてどう考えましたか?
ブレンダン:群衆の中にいても孤独を感じることはあり得ます。東京はまさに大都市の典型で、建物の50階から見下ろすと広大な活動の巣のようで、あまりにも多くのエネルギーに満ちている。どれだけそこにたくさんの人がいても全員が知り合いというわけじゃない。それでも、みんな同じ場所に同じ時間にいる。
孤独とは、それ自体がかなり有害なものになり得ます。コミュニケーションの衛生の観点から見てもそうです。普段はあまり意識しないかもしれませんが、人はお互いを必要としています。だからこそ、レンタル家族代理店のようなサービスは1990年代からビジネスモデルとして存在していると聞きましたし、たとえそれが一時的な“見せかけ”のつながりであっても、人々が短い時間でも互いのつながりを求めている以上、確かな役割を果たしているのだなと本作を通して感じました。結局のところ、今の僕たちに必要なのはお互いのニーズに対してもう少し寛容になることではないでしょうか。

――最後に、本作に出演したことで改めて感じたことや新たな発見はありましたか?
ブレンダン:映画には癒しの力があり、出演する僕も観客も、その力の恩恵を受けることができる、ということですかね。そしてその癒しは、私たちが置かれている社会を乗り越えるための活力となるのです。
(取材・文:アナイス/ANAIS 写真:高野広美)
映画『レンタル・ファミリー』は公開中。

