『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』悠木碧×斎藤千和が語る、まどかとほむらの“約束”の行方
関連 :
――今回、まどかとほむらの関係性を貫いてきた“約束”が、あらためて大きな意味を持つ作品だと感じました。お二人は本作を経て、それぞれの選択や自己犠牲の“正しさ”を、どう考えましたか。
斎藤:あの約束を守り続けることで、もう抜け出せないループに入ってしまう。私はそこに、あの年齢の少女たちが抱える“抜け出せない正しさ”のようなものを感じました。
大人になると、約束といえば、それこそキュゥべえの言う「契約」のようなもののほうが、現実的な約束として成り立ってくる。でも、小さな子って、指切りで交わした約束を本当に一生懸命、守るんですよ。私にも子どもがいるので、それがよく分かるんです。魔法少女というのは、ちょうどそのギリギリの年齢なのかなって。
だから、「約束」という言葉の重みが、大人になった今の私よりも、彼女たちにとってはずっと大きい。今回、ほむらのセリフを口にするときも、「あの約束を忘れてはいけなかった」という思いが、自分が普段考えているような約束より、はるかに重く感じられて。ああ、これがあの年代なんだなと思いました。
悠木:人間関係で失敗することなんて、大人になればいくらでもあると分かってくる。失敗したら「ごめんね」と言えばいいし、そこからより良くなるようにカバーすることもできる。関係を断ち切らなくてもいい。そういうことが、大人になると分かりますよね。
でも、14歳の女の子たちからすれば、人間関係におけるたった一つの失敗が、とてつもなく大きなものになってしまう。特に、ほむらちゃんにとってのまどかは、本当に世界のすべてだから、その約束の重みは計り知れないと思います。
一方で、まどかはそこが少し違っていて。裏切られても「あなたのことはちゃんと大好き」と思えるし、忘れてしまっても愛することができる。むしろ、「嫌われていても、私はみんなのことが好き」と思える。ものすごく広い博愛を、最初から持っている子なんです。それは、彼女自身がたくさんの人から愛されてきたことが、ベースにあるのだと思います。
だからこそ、それを共依存にしなかったまどかは、すごいなって。ほむらちゃんは、おそらく共依存を求めてきた。でも、まどかは「あなたはあなた、私は私。それでいいよね」と言える。そこが本当にすごいんです。
斎藤:私、『叛逆の物語』のときから思っていたんだよね。ほむらは、まどかと二人だけの世界を築きたいはずなのに、なんだかんだ言いながら、さやかを親友としてまどかの隣に置いてしまう。その、ほむらの幼さのようなものが、とても切なくて。可愛いんだけど、切ない。
悠木:ものすごく可愛い猫を飼ってきたのに、自分と遊んでくれるわけではない。「じゃあ、このおやつなら喜ぶかしら」「もう1匹、猫が必要かしら」と、少しずつ足していく。でも、その結果、自分が思い描いていた環境とは違うものになっていく。そういう感覚なのかもしれませんね。
斎藤:だから、“まどかが幸せになるための環境”として、さやかを置いているんだと思うと、すごく腑に落ちました。本当は、自分だけを見てくれる世界だって作れるはずなのに。それでも、少し後ろからまどかを見つめてしまうほむらが、切なくて。
悠木:それに、魔法でゆがめてしまったまどかは、きっとほむらが思う“最愛の彼女”ではないんでしょうね。そこに、ほむらちゃんの純粋さがある。
斎藤:それも、あるんだろうね。
悠木:完璧な力、最強の力を持っているはずなのに、完全にはなりきれない。やっぱりそこに、彼女たちの幼さが表れているんだと思います。
斎藤:本当に、そこがよく出ているよね。可愛い世界、優しい世界であればあるほど、彼女は「自分は悪魔なんだ」という対比を自覚して、どんどん離れていく。後ろからついていくことしかできない。それが、なんて切ないんだろうって。
もう少しさらっと話してみれば、案外あっさり解決しそうなことも、彼女たちにはそれができない。そういう思春期ならではのもどかしさなんだなと思いました。
『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』場面写真(C)Magica Quartet/Aniplex,Madoka Project
――まどかが「円環の理」としてすべての魔法少女を救おうとする一方、ほむらはまどか一人を救おうとします。お二人ご自身は、この二つの救済のどちらに、より強く共感しましたか。
悠木:私はずるいので(笑)。もしほむらちゃんの力があったら、自分の思い通りの箱庭を作るほうに、やっぱり魅力を感じてしまいますね。箱庭ゲームを、ずっとやってしまうタイプなんですよ。本当に、いつまでもやっていられる(笑)。
だから、どちらかといえば、ほむらちゃんの側だなって。自分の思い通りに環境を作っていくことを、楽しいと感じるタイプなんです。だからこそ、ほむらちゃんは優しいなと、本当に思います。あれだけの力を持ちながら、ちゃんとまどかのことを愛しているんですよね。
斎藤:私はどうかな……。でも、「一人のわがままを通すことで、周りがギクシャクするのなら」と、割と考えてしまうタイプではあるんです。当時はそう思っていなかったけれど、さらに年を重ねて振り返ってみると、20代くらいの自分は、すごく周りに気を使うタイプだったんじゃないかなって。
だから、そういう視点は持っているほうだと思うんです。でも、その結果、自分が疲れてしまう。その意味では、ほむらに近いのかもしれません。「みんなでうまくいくといいな」とは思うけれど、まどかほどの包容力はないから、結局は疲れてしまう。だから、私の中には両方あるのかなと思います。
悠木:まどかの包容力は、少し共感の“外側”にありますよね。
斎藤:そうなんだよね。やっぱり、あの年齢の子が簡単に持ち得るものではない。だからこそ、なかなか共感するのは難しいのかもしれない。
悠木:でも、もし世界に本当にそういう人がいるのだとしたら、その人には幸福になってほしいと思います。
『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』場面写真(C)Magica Quartet/Aniplex,Madoka Project
