本当のロマンは危険な場所にこそある―『メイドインアビス』がとびきり残酷なのに視聴者をワクワクさせる理由
■冒険のロマンとは、案外美しいだけのものではない
アニメ『メイドインアビス 深き魂の黎明』場面写真(C)つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「深き魂の黎明」製作委員会
主人公の少女リコは、そうした怖さを体験した上でなお、未知の世界に飛び込む憧れを失わない。自分の娘すら残忍な実験道具にしてしまうボンドルドに「君は思ったよりもこちら側の人間」だと言われるリコは、「私はロマンはわかるのよ」と返している。
ここでリコが口にする「ロマン」とはなんだろうか。それだけ聞けばとても美しい言葉だが、本作ではボンドルドのような非道な行いをやっている者に対して、ロマンという言葉が使われている。
原作のつくしあきひと氏は、冒険とは本来「険しきを冒す」という意味だと、その本質を表現している。(*1)
冒険とは未知の世界に飛び込んでいくこと、自分の今所属している社会からはみ出し、その常識の通じない世界へと赴くことを指す言葉だ。前述したように、人間社会の外は基本的に残酷だし、人権も何も通用しない世界だ。そんな世界に飛び込んでいけば、悲惨な結末を迎えることだって当然あり得る。
しかし、そういうリスクと引き換えに、素晴らしい出会いや発見もある。だから、未知の世界への憧れは止められない。
このような探求心とリスクへの挑戦は、人類の歴史そのものだ。海の向こうは絶壁だと言われていてもなお、地球は丸いことを証明するために航海に出る者がいたし、新大陸を見つければ危険を冒して開拓し続けてきた。いつだって人類はそんな風に探検を続けてきたし、その探求心は今や宇宙に向けられ、その活動領域を地球の外にすら広げようと試みている。
アニメ『メイドインアビス 烈日の黄金郷』場面写真(C)つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「烈日の黄金郷」製作委員会
探求心が発揮されるのは、冒険だけにとどまらない。例えば人間の食への興味も尽きることはない。日本では猛毒を持ったフグを料理するが、あの複雑な調理法を発見するまでに、きっと何人も死んでいるはずなのだ。死んでいるのに、フグを食べる努力をやめなかった人がいるわけだ。
リコもアビスの生物を積極的に食べようとする。『烈日の黄金郷』第2話では、煮てもまだ動く怪しい卵を食べてみたり、第3話では異様な見た目のスープを食べてすぐにお腹を壊す。そして、リコは何度腹を下しても止めようとしない。リコは学習能力がないのではない、未知への憧れを止められないだけだ。リコのそれらの行動は、これまで世界を開拓してきた人類が続けてきたことでもある。実際に、本作を観る人は、新しい生物に出くわしたり、食事シーンの度に、「これはどういう生物なんだろう」とか、「どんな味なんだろう」と強い興味を掻き立てられているはずだ。
アニメ『メイドインアビス』場面写真(C)2017 つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス製作委員会
『メイドインアビス』は未知への冒険を描く作品だ。未知の世界に飛び込めば、危険な目に遭うのは当然なので、残酷な描写が必要とされる。本作がファンタジーにもかかわらず、強い実在感を視聴者に与えるのは、本当のワクワクは、危険がいっぱいの未知の世界にこそあるということを描いているからなのだ。(文・杉本穂高)
<引用>
*1 『メイドインアビス』つくしあきひと先生×小島正幸監督 対談!TVアニメ最終回から原作者が受け取ったモノanimate Times.2017‐10‐26
https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1508463579&image_share=1, (参照 2022‐4‐7)