話題作に続々出演の24歳・黒崎煌代、ディカプリオが“バイブル” 唯一の願いは「映画界に1日でも長く関わること」
NHK連続テレビ小説『ブギウギ』のヒロインの弟役でデビューして以来、キャリアわずか4年ながら、作品ごとに映画・ドラマファンの支持を高めている黒崎煌代。そんな彼は濱口竜介監督の最新作、カンヌで大絶賛を浴びた『急に具合が悪くなる』にも出演している。つい最近では、Netflixシリーズ『九条の大罪』で演じたクスリの売人役でも、その実在感のある演技で視聴者を釘づけにした黒崎。今回、そんな黒崎に話を聞くと、自身の”バイブル”だというある俳優への熱い思いが飛び出した。
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濱口監督から教わり意識するようになった「芝居の限界性」
本作はカンヌ、ベルリン、ヴェネチアの三大映画祭での受賞歴があり、世界中の映画ファンが注目する濱口監督の最新作。5月の第79回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品されると、ワールドプレミアでの上映終了後に14分に及ぶ拍手喝采のスタンディングオベーションが巻き起こったほか、主演の岡本多緒とヴィルジニー・エフィラが共に最優秀女優賞を受賞したことは、日本でも大きく報道され記憶に新しい。
パリ郊外の介護施設で施設長を務めるマリー=ルー(エフィラ)と、パリで活動する舞台演出家・森崎真理(岡本)。同じ名前を持つ二人がパリを舞台に紡いでいく物語において、黒崎は二人が偶然にも知りあうきっかけとなる重要な存在、自閉スペクトラム症の青年・智樹を演じている。
――濱口監督作品への出演が決まったときの心境、そして人生初めてのパリでの撮影についてお聞かせください。

黒崎:映画に関わる者なら一度は一緒に仕事をしたい監督だと思いますし、もちろん私もいつか出演したいと思っていたので、決まったときは素直にうれしかったです。
パリでの撮影は初めてでしたが、町並みがまず新鮮ですから、本当に楽しくて、毎日前向きな気持ちで現場に臨めたのが大きかったです。フランスは撮影時間が法律で厳格に決まっていて、予定をオーバーして撮れないんです。だから、撮影が終わればしっかり睡眠をとることができたのもよかったですね。
それから、これはフランス映画界の特徴らしいのですが、食事にとにかくこだわります。撮影合間には毎日おいしいものが食べられました。
撮影で大変だったのはトラム(路面電車)と併走するシーンです。単純に何回も走ったので体力的にキツかったです。私だけでなく、あのシーンは撮影隊も動くトラム内から撮影してはまた機材を下ろして元の場所まで自動車で戻ってまたトラムに積む…というのを延々と繰り返していたので、大変だったと思います。
――今回演じられた智樹くんは、重い自閉症という役どころでした。どのように今回の役を作っていったか教えてください。
映画『急に具合が悪くなる』より 黒崎煌代演じる智樹(左)をきっかけに主人公2人は知り合うことに (C)2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
黒崎:僕は自閉症の当事者ではないですし、近しい人にもいないので、圧倒的に情報が足りませんでした。そこで監督、プロデューサー、助監督のみなさんと障害者の方々の施設にお邪魔して、関係者の方にインタビューしました。
また、自閉症の当事者である東田直樹さんの著書『自閉症の僕が跳びはねる理由』を読みました。当事者はどう感じているか、どう思っているのかが克明に書かれていて、とても参考になりました。
現場でも試行錯誤したんですけど、劇中に登場するダンスの振り付けを担当された振付師の砂連尾理(じゃれお・おさむ)さんと一緒にリハーサルで動きを確認しながら作っていった感じです。
――『九条の大罪』で演じられた青年・曽我部が大きな話題になりました。それ以外にも、これまでにも奥行きのあるさまざまなキャラクターを演じ分けられてきました。どうやって役作りされているのでしょうか?

黒崎:台本にはセリフとト書きが書かれているんですけど、ト書きが僕にとっては大事なんです。例えば「大きな声を上げながら走る」みたいに人物の起こす行動という結果が書かれているんですけど、それそのものではなく、「大きな声を上げながら走る」に至ったその人物の心情のプロセスをしっかり思い描くようにしています。
今回濱口監督から学んだこともあります。本作のオーディションの最終日に濱口監督から「素晴らしかったけど、自閉症の人には見えなかったです」という言葉をもらったんです。その後、リハーサルなどを経て濱口監督から「見えるようになりました」と言っていただきました。
では、その間に起きた変化を何だったのだろうって考えたら、濱口監督が常々「芝居の限界性、不可能性を受け入れる」ということをおっしゃっているんです。どこまで行っても僕は智樹本人にはなれません。それを無視したら「智樹になったつもりの黒崎煌代」ができあがってしまう。逆説的ではあるんですが、「黒崎煌代が演じている智樹」ということを無視せず、役に寄り添えるようになったのがよかったのかと思います。その役作りの仕方は、本作以後の仕事でもずっとやり続けています。

