高橋李依×古川慎×白石晴香、互いに認め合う“役者魂”「表現に命を懸けている」
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自己否定を抱えながら生きてきた少女が、初めて自分をまっすぐに見つめてくれる存在と出会い、少しずつ本来の輝きを取り戻していく――。テレビアニメ『無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す』は、孤独や憎しみ、劣等感といった痛みを繊細にすくい取りながら、その先にある救いと成長を描く愛の物語だ。本作でカロリーナを演じる高橋李依、エドワードを演じる古川慎、フローラを演じる白石晴香にインタビュー。3人が感じた作品の魅力、キャラクターに込めた思い、そしてタイトルにちなみ、互いの“無自覚だけどすごいところ”について語り合ってもらった。
【写真】高橋李依×古川慎×白石晴香、インタビュー撮り下ろしカット(18枚)
■自己否定の先にある救い――3人が語る、痛みを抱えたキャラクターたちの魅力
――本作に触れた時の第一印象をお聞かせください。
高橋:私が最初に本作に触れたのは、PVのお話をいただいた時でした。その時から、カロリーナとエドワード、2人のピュアな距離感がすごく好きで。収録の際にも、「この2人の距離感が本当にいいですよね」と、すぐ古川さんにお話しした記憶があります。それくらい、2人の純粋さが愛おしかったんです。
一方で、それぞれが抱えている自己否定や自信のなさが、恋愛にも絡まっていくところが印象的でした。お互いに惹かれ合っているのに、なかなかうまくいかない。そのもどかしさに「どっちの気持ちもわかる」と思えて、だからこそ見守りたくなる。甘さだけではなく、痛みや不器用さも含めて丁寧に描かれているところに惹かれましたし、そうした繊細な塩梅が、この作品の面白さだと感じました。
古川:ジャンルとしては、いわゆる悪女もの、あるいは令嬢ものと言われる作品のひとつではあると思うんです。ただ、その中でも、他者に向けられる憎しみや、湿度のある感情の描写がすごく濃い作品だなと感じました。たとえばカロリーナは、そうした感情を受ける側として描かれますよね。その痛みや生々しさが強ければ強いほど、その先にある救済の道が、より華々しく、輝かしいものに見えてくる。
そこから這い上がっていく美しさのようなものが、この作品にはあると思いました。それぞれのキャラクターが、生々しい感情の中でどう変わっていくのか。あるいは、変われないことがどれほど悲しいことなのか。そういった部分も伝わってくるので、恋愛や成長の物語としてだけでなく、すごく多面的な読み方ができる作品だなと感じました。
白石:私が初めて原作を読ませていただいたのは、出演のお話をいただいた時でした。カロリーナは自己否定を抱えながら生きている人物ですが、そうした考え方って、これまで自分がどう生きてきたのか、どんな環境に置かれてきたのかによって形作られていくものだと思うんです。それは私自身、人生の中でも感じてきたことでしたし、この作品に触れて改めて考えさせられました。
ただ、その環境も、ひとつのきっかけや人との出会いによって変えていくことができる。カロリーナを見守る人たちは本当に温かくて、協力的で、愛にあふれているんですよね。一方で、フローラを中心に見ていくと、“完璧聖女”と呼ばれるがゆえの苦しみや、彼女が抱える苦悩も描かれています。そういう意味では、愛の物語でありながら、ラブロマンスだけではなく、人間の成長や、それぞれの戦いを描いた物語でもあると感じました。
テレビアニメ『無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す』キービジュアル(C)あーもんど/アース・スター エンターテイメント/ 無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す製作委員会
――それぞれが演じるキャラクターについて紹介をお願いします。
高橋:カロリーナは、タイトルにもある通り、彼女の中に大きな力があることは、見ている方にもある程度想像していただけるキャラクターだと思うんです。ただ、彼女自身は第1話の時点で、そこにまったく気づけていない。むしろ、自分には力がないと思い込んでいるところから物語が始まっているんですよね。
そうなってしまったのは、やはり彼女が置かれてきた環境が大きいと思っています。人の考え方や発言って、周りからどんな言葉をかけられてきたのか、自分の力を発揮できる場所にいられたのかによって形作られていくものだと思っていて。そういう意味では、第1話時点のカロリーナは、まだ本来のカロリーナらしさを出せていない状態なのかなと感じました。
彼女の言葉には、自信のなさがベースにあります。でも、ただ悲しんでいるように聞かせたくはなかったんです。カロリーナにとって「自分には力がない」という感覚は、本当に信じていることだからこそ、そこに彼女の生い立ちや、これまで歩んできた時間がにじむように演じたいと思いました。
テレビアニメ『無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す』場面カット(C)あーもんど/アース・スター エンターテイメント/ 無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す製作委員会
古川:エドワードは、ざっくり言うと頼もしいヒーローというのが最初の印象でした。ただ個人的にすごく好印象だったのは、彼の人間的な未熟さもしっかり描かれているところです。何でもできて、強くて、かっこよくて、頼りがいがあるだけの人って、やっぱり面白くないと思うんですよ。
エドワードは戦においては残酷無比とも言われるような人物ですが、一方で女性と接する時にはどうしていいかわからない。大事な対話の場面で、自分のような見た目の人間がどう声をかければ相手を怖がらせずに済むのか、そのやり方がわからないんです。そういうところまで含めて、人間的に未熟なキャラクターなんですよね。
だからこそ、そのアンバランスさにギャップがあって、魅力につながっているのだと思います。カロリーナを助けに行く時はすごく頼もしいのに、いざ自分が大切な存在として見初めたカロリーナを前にすると、何もできなくなってしまう。その初々しさには、傍から見ていて「頑張れ、頑張れ」と思わされますし、彼もまたカロリーナと一緒に少しずつ成長していく人なのだと感じています。
テレビアニメ『無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す』場面カット(C)あーもんど/アース・スター エンターテイメント/ 無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す製作委員会
白石:フローラは、最初はこの作品の中で悪役ポジションのように受け取られるキャラクターだと思います。ただ彼女は、これまで“完璧”であることを背負わされてきたからこそ、弱音を吐けなかったり、小さい頃から涙を流すことができなかったりしたんですよね。
そんな中で、唯一手を差し伸べてくれたお母さんが亡くなってしまう。そのきっかけがカロリーナにあると彼女は思っているからこそ、そこに憎しみの感情が向かってしまったのだと思います。その思いが大きくなればなるほど、カロリーナに強く当たってしまう。本来のフローラは、きっとその出来事が起こる前とは違う人だったのではないかなと想像しています。
だからこそ、フローラがそうなってしまった背景や、背負ってきた苦しさを表現できたらいいなと思いながら演じていました。彼女にも見えないところでの努力や、「本当はこうなりたい」という強い思いがある。カロリーナ側の立場に共感される方も多いと思いますが、フローラにも理想の自分と今の自分が違うことへの苦しみがあるので、そういった部分も感じ取りながら見守っていただけたらうれしいです。
テレビアニメ『無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す』場面カット(C)あーもんど/アース・スター エンターテイメント/ 無自覚聖女は今日も無意識に力を垂れ流す製作委員会
